現代中国 都市と農村の70年

  • 著:浜口允子
  • 装幀:松田行正+杉本聖士
  • 定価:本体1800円+税
  • B6判並製/256ページ
  • 2019年9月
  • 978-4-86528-248-1 C0322
中国建国70周年!都市と農村の二つの歴史。
建国以来、中国の都市と農村には超えがたい経済格差があり、福祉、医療、教育なども含めた生活の質の違いが、固定化された形で続いてきた。格差はどのような政策のもとで生まれたのか。またその中で人々はどのように生きたのか。2019年の今、一方の農民は「小康」の生活を送れるようになったのか―。本書では現代中国を特徴づけるこの「二元的社会」に焦点を当て、1949年から2019年までの70年間を、その時代の人々の語りとともに振り返る。





「はじめに」より一部抜粋

 現代世界においては、いずれの国にも都市と農村があり、固有な歴史と自然を背景にそれぞれに特有な情景や景観が生み出され、その中で人々が全き社会生活を営んでいる。それは各国に普遍的な事実であり、あえて特記するには当たらない。だが、ここにとり上げる中国の「都市と農村」という一括りの言葉の中には、加えて他の国々にはない、ある特別な意味が与えられている。それが、まさしくこの国の現代史を特徴づけている「二元的社会」という意味である。
 中国は、一九四九年の建国から数えて今年でちょうど七〇年、この間この国には「都市」と「農村」という厳然とした二つの社会が存在してきた。しかもこの体制は、とりわけ農村にとって厳しく、一貫してその劣位を固定化させた形で続いてきた。その二元体制を固定化し維持してきた法的基盤が、一九五八年に制定された戸籍制度であることはよく知られているところである。なぜなら、中国の人々は、以来みなこの厳しい制度によって、原則として都市、農村間を移転することを認められず、生涯を通じて変わることなく生まれ落ちた社会に住み、働き、そのまま一生を終えたからである。
 そして都市と農村の間には、国の政策によってもたらされた少なからぬ経済格差が生まれ、さまざまな待遇上の差異が存在することとなり、さらに福祉、医療、教育などを加味した社会生活においては、越えがたい生活の質の違いが生じた。試みに、建国から約五〇年たった二一世紀初頭の都市住民と農村住民の可処分所得をみると、それはすでに改善途中であったにもかかわらず、平均で約三倍の開きがあり、場所によってはその差が四倍を超えていたのである。

 では、こうした二元的社会が生じ、かつ固定化された根源には何があったといえるのであろうか―。その中で人々はどのように生きたのであろうか―。
 それを語ることが本書のテーマである。換言すればそれは、二〇世紀中葉に建国したこの国が、米ソ対立の冷戦構造の世界の中で、自らの独立を維持し、国力を強化していくために、その後の半世紀間に如何なる政策をとり、それはこの国の人々にどのような生活をもたらしたのかを明らかにすることに他ならない。またそれは、建国初期の商工業がいまだ未発達な段階にあったとき、その発展を助け、かつ国の経済を維持する役割を担った農村と農民が如何に苦闘したかを語ることにほかならない。
それはどのような仕組みによって可能であったのか―。またそれはいつまで続いたのか―。そして、さらに問うべきは、その後この国の商工業が大きく成長し、少なからぬ都市が華やかさを競うようになったとき、では一方の農民は「小康」(まずまず)の生活を享受できるようになったのかという問いである。周知のように中国は、二一世紀に入ってから、とみに経済発展著しく、まさに世界の大国となりつつある。であれば、そうしたこの国で、過去五〇年にわたって積み重ねられてきた二元的社会の格差がどうなったのか、それは解消されているのか、それがまず問われねばならないであろう。

(中略)

 ここからは中国において建国以来続いてきた都市と農村という二元的社会のありようの重大性と、今後それを如何にして解消し、両者の協調発展に至るかという課題の重さ、深刻さが見えてくるように思われる。なぜならそれは単に社会の構造の問題であるにとどまらず、そこに生きた人々が強いられた生き方の問題であり、同様に今後生きていく人々の生活の質の問題だからである。

 私は、一九七二年九月、あの日中国交正常化の直前、友人と旅した西安郊外で一軒の農家を訪ねた日の衝撃を今も鮮明に思い出す。それはたった半日だけの短い参観ではあったが、見学した人民公社の畑の作物や果樹はよくできているのに、農家の生活があまりにも貧しく恵まれないものであったからである。これは何なのか―。
 以来私は中国の農村社会に関心を持ち、帰国後『中国農村慣行調査』研究会に加わって、かつて一九四〇年代初頭に満鉄調査部が実施した農村調査に基づく大部な上記調査の記録を読み、戦前までの華北農村の村落機構や家族、土地所有、小作、水利、公租公課、金融、取引などについて学んだ。そして、その後一九九〇年代になって、やっと恵まれた現地調査の機会に、研究会グループで六年間にわたって『慣行調査』と同じ村々を訪ね、直接農民にインタビューする形でその後の五〇年の彼らの歴史を聞き取ったのである。その延べ五四〇人に及ぶ聞き取りから得たものは、まさに二元的社会の一方である農村および農民の現実であった。
 今、ここに本書を書くにあたっては、この聞き取り調査で得た実態も交えつつ、二〇世紀における建国以後五〇年間の「都市と農村」について記し、さらには続く二一世紀初頭の二〇年間にわたる中国社会の全体的ありようについても考え、都合七〇年間の中国現代史を踏まえて、今後の隣国との関係に思いを致したいと思う。





目次

はじめに

第一章 中華人民共和国の成立と初期建設の日々
1 建国期農村社会の大いなる変化
   2 近代都市の形成と都市像             
   3 農村社会の諸運動と集団化  

第二章 社会主義体制への移行期
1 農村における公有化の受入れ
2 計画経済体制下における都市の生活      
3 集団的熱狂の時代   
4 固定化された二つの社会 
5 自然災害と食糧難のとき

第三章 人民公社と文化大革命の時代
1 調整政策のはじまり
2 社会主義教育運動と四清運動
3 都市における文化大革命
4 農村における文化大革命
5 人民公社を成り立たせたもの

第四章 改革開放時代
1 一九七〇年代中国の国際関係と国内情勢
2 「包産到戸」の導入
3 「中央一号文件」の策定と通達
4 都市の改革と対外開放
5 一九九〇年代の都市と農村

第五章 「反哺」の二一世紀
1 江沢民政権期
2 胡錦濤政権と「三農問題」
3 農村政策の推進
4 都市のさらなる発展
5 習近平政権の時代―「反哺」を超えて

謝辞―「あとがき」に代えて
参考文献・引用資料等出典一覧




浜口 允子(はまぐち・のぶこ)
放送大学名誉教授。専攻は東洋史学、中国近現代史。
主な著書に、『北京三里屯第三小学校』(岩波新書)、『中国・近代への歩み』、『中国の近代と現代』(編著)、『東アジアの中の中国史』(共著、以上、放送大学教育振興会)、『村から中国を読む−華北農村五十年史』(共著、青木書店)、『天津史−再生する都市のトポロジー』(共著、東方書店)、調査記録『中国農村変革と家族・村落・国家』、同第二巻(共著、汲古書院)など。

1938年 長野県に生まれる
1960年 お茶の水女子大学文教育学部史学科卒業
1979年 同大学大学院人間文化研究科博士課程単位取得退学
放送大学助教授を経て
1989年 放送大学教授
2008年 同大学名誉教授