BL古典セレクション③ 怪談 奇談

  • 著者:王谷晶
    原作:ラフカディオ・ハーン
  • 装画:中村明日美子
    装幀:鈴木成一デザイン室
  • 定価:本体1700円+税
  • 四六判並製/184ページ
  • 2019年7月1日 第一刷発行
  • 978-4-86528-240-5 C0393

惚れたが最期。
誰もが知っている古典作品の性別を変え、ボーイズラブ化した大好評シリーズ第三弾。
ラフカディオ・ハーンの紡いだ名作の数々が、エッジの効いた文体で最注目の小説家・王谷晶の手により、世にも美しく恐ろしいBL怪談として生まれ直す!
凍りつくほどの美男・雪、男たちに辱められる耳なし芳一をはじめ、欲望に取り憑かれた男たちの絶頂と絶叫のBL怪談9篇。

はじめての古典、はじめてのBLにも最適な一冊。

★初回のみ漫画家・中村明日美子による装画イラストカード封入!★



それは、ぞっとするほど淫らがましい笑いだったーー

 巳之吉の目に、あらぬものが映し出された。
 黒い、真っ黒い水のうねりが小屋の中をのたうち、その中に、はっとするほど白い顔が浮かび上がっている。
 一瞬、寒さも忘れてその顔に見入った。
 それは今まで見たことのない、あまりに美しい男の貌だった。小屋の中をのたうつ水のうねりに見えたものは、その男の長い長い黒髪だった。
 墨を刷いたような切れ長の瞳が、ゆっくりと瞬く。男は細い指で茂作の顎を掴み唇を寄せ、きらきらと輝く白い息を吐きながら深く口付けた。茂作はされるがままになっている。
 白い顔が、すっと巳之吉の方を向いた。
 真っ白い着物の袖をはためかせながら男が近付いてきた。瞬きすることもできない。ぎらぎら光る酷薄な眼差しがもうすぐ側にある。
 美しい。
 心の臓が止まりそうなほどに。
 美しすぎて恐ろしい、という気持ちを、巳之吉は生まれて初めて知った。恐ろしくてたまらないのに、目を逸らすことができない。 
 凍った花びらのような青白い唇が巳之吉のそれに重なりそうになったとき、しかしふいに男は身体を離し、そして微笑んだ。
「ふん……やぁめたやめた……気が変わった。まだ若造だし、よく見りゃなかなかいい男だ……見逃してやってもいい。その代わり―今夜のこと、俺に会ったこと、ここで遭ったこと、一言でも誰かに漏らして御覧。すぐさまその場で取り殺してやる。誰にも言うんじゃないよ……自分のおっ母にだって言っちゃあならない。いいな……約束だよ……」
 指先が、ちょん、と唇を突付いたかと思うと、煙のような細かな雪を舞い上げながら、男は背を向け小屋を出ていってしまった。
 待て、という叫びは声にならなかった。軋む身体を必死に動かし男の背を追いかけようとした。しかし吹雪く山裾にすでに男の姿は見えない。
 はっとして、小屋の床に丸太のように転がっている茂作の元に駆け戻り、抱き起こそうと肩に手を掛けた。茂作はぴくりとも動かなかった。眉や髭にはびっしりと白い霜がつき、肌はどす黒く、頬に触れるとそれは石のようにかちかちに凍り付いていた。巳之吉は今度こそ悲鳴をあげ、そのまま気を失ってしまった。ーー「雪と巳之吉」より

【既刊】
2018年10月刊行 雪舟えま 訳『竹取物語・伊勢物語』/装画:ヤマシタトモコ
2018年12月刊行 海猫沢めろん 訳『古事記』/装画:はらだ

❖目次
雪と巳之吉(雪おんな)
契り(破約)
男の友情(鮫人の感謝)
男喰い(食人鬼)
琵琶を弾く男(耳なし芳一)
待ち人来たりて(和解)
衝立(衝立の乙女)
狂恋(生霊)
In The Cup of Tea.(茶碗の中)
解説とあとがき
著者:王谷晶(おうたに・あきら)
東京都生まれ。小説家。著書に『探偵小説(ミステリー)には向かない探偵』『あやかしリストランテ 奇妙な客人のためのアラカルト』『完璧じゃない、あたしたち』など。
原作:ラフカディオ・ハーン
一八五〇年、ギリシャ生まれの英国人。アメリカで新聞記者として活動したのち、一八九〇年、日本文化への憧れから、島根県の松江中学に英語教師として赴任。松江出身の小泉セツと結婚ののち帰化し、小泉八雲を名乗る。熊本五高・東京帝国大学などで教鞭をとりつつ、日本研究を海外に向け紹介した。著書に『知られぬ日本の面影』『心』『怪談』など。

記事・書評
週刊新潮2019年7月25日号 石井千湖「古典文学をボーイズラブ化したらどうなる? 注目シリーズ第3弾」

【誤記訂正】
本書にて、下記の箇所に誤りがございました。
皆様に心よりお詫び申し上げます。

〈7ぺージ 8行目〉
(誤)白い顔が、すfっと巳之吉の方を向いた。
(正)


白い顔が、すっと巳之吉の方を向いた。

〈71ページ 9行目〉
(誤)昨夜の痴態を。
(正)昨夜の痴態をそっくりそのままなぞるように。

左右社編集部 筒井菜央