「暮しの手帖」に『絵はがきの別府』の読書感想文が掲載されています

「暮しの手帖」61号(winter 2012-2013)の「私の読んだ本」という欄に、別府で生まれたという77歳の方の『絵はがきの別府』読書感想文が掲載されています。

 私が子供の頃には、別府は既に近代的な温泉都市となっていたので、この本に載っている建物や街頭風景には、ほとんど見覚えはない。少し落胆しながらも読んでいくと、この町が観光客を呼ぶためのアイデアを次々と打ち出し、施設も造っていった、活気に満ちた町だったことが分かる。だからこそ、母が、女手一つで私たち四人の兄弟を養育できるだけの、働き口があったのだと気がついた。
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 父と早くに死別した母は、収入を得るため、さまざまな仕事に就いた。「ラクテンチで働いたこともあったんよ」と聞いたことがある。「ラクテンチ」と呼ばれた、山上の遊園地の写真も載っていた。ウェイトレスが大勢、エプロン姿で働いている。昭和十年代の写真とすれば、母はまだ三十前後。もしかして、と拡大鏡で懸命に見つめたが、絵はがきのなかの人物を、母と判別できようはずもない。
 そう思いながらページをめくっていくと、商店街の賑わいのなかにも、染物工場の女工たちのなかににも、母の姿があるように思えてくる。つまりこの本は、母の少女時代から中年にかけての、別府の風景を集めたものなのだ。

 写真絵はがきというメディアは、通りの看板や行き交う人びとの服装、差出人や宛先など、実にさまざまな情報を含んでいて、歴史史料として重要であるばかりでなく、その土地にゆかりのない方にも見飽きることのない深みを持っているように思います。
 そして写真であるということは、読書感想文を「暮しの手帖」に寄せてくださった方が母の姿を探してページをめくっていただいたように、確かにその瞬間、そこにいた誰かのことを写し取っているのです。ただの観光カタログではなく、たしかなひとの存在を写した手紙でもあるというべきか・・・。感想文を読みながら、できたばかりの見本を持って別府の書店を訪問した際に、「おいちょっと、あれが写っとるぞ」といって奥さまといっしょに手に取っていただいた書店のかたのことが思い出されました。
 本書を大切に読んでいただきありがとうございました。(T)