週刊読書人に『〈驚異の旅〉または出版をめぐる冒険』

週間読書人9月13日号に『〈驚異の旅〉または出版をめぐる冒険』の書評を掲載していただきました。
評者は漫画評論家の小野耕世さんです。

「ヴェルヌ研究のひとつの到達点」
 1948年、アメリカのコミックブック『スーパーマン』の日本語版が創刊され、9歳だったわたしは、全ページ4色刷りの超人たちの活躍に夢中になったが、この月刊誌の内容は活劇漫画だけではなかった。とりわけ私の興味をひいたのは、第5号に載った「未来を夢見た人」と題する5ページのコミックスで、ジュール・ヴェルヌの作品と生涯が魅力的に紹介されていた。月へ飛ぶ砲弾、深海を行く潜水艦…。
 最初の長編『気球に乗って五週間』(1863)の成功で一躍有名になったシルクハット姿のヴェルヌの横で、編集発行者がささやく「どんどん書いてください。お互い、ひと財産できますよ」。この男はマンガには出てないが、彼が以後ヴェルヌの小説を自分が創刊した「教育と娯楽誌」の売りものとして連載、年2冊の長編を書かせ続け、ヴェルヌの各種単行本を刊行するピエール=ジュール・エッツェルである。
(中略)
 本書の読みどころは、このシステム維持のためのヴェルヌーエッツェル間の作品内容をめぐる一冊ごとの攻防戦の克明な記録にある。ヴェルヌの原稿には編集者が意見を書き込む余白があり、エッツェルは改稿をうながす意見をどんどん書いていく。それでエッツェルの評価は、ヴェルヌの搾取者、いや保護育成者だ、などとさまざまだったが、実はふたりの関係の詳細はやっと最近になってわかってきたらしい。エッツェルのヴェルヌ宛書簡などが大量に出てきて、そうした新資料をじっくり読み込み、先人の研究成果を生かして書き上げた本書は、複眼的な作品論も非常に興味深く、これは世界のヴェルヌ研究のひとつの到達点ではないかという印象を受ける。
 エッツェルの作品内容への介入は、例えば『海底二万里』のネモ船長の招待を強引にあいまいにさせたことで、結果的にこの長編にヴェルヌの代表作としての深みをもたらした面もある。私にはこのふたりは、互いの重力の作用でエネルギーの炎を噴き上げて宇宙を回転しあう二重星(私が中学生の頃に見た天体画)のイメージに重なる。そして、にもかかわらず(息子による代作や、他の作家の下書きを利用した作品なども含め)、すべてヴェルヌ作品というほかないなにかがこの作者にはあるようだ。読者が彼の作品の水面に触れると、いつのまにか地球規模の海流に巻きこまれるような物語世界、それは確かに古いのだが、しかし古くならない。
(以下略)


小野さん、ありがとうございました。素晴らしい書評に感謝いたします。