北海道新聞に『日本人論争 大西巨人回想』書評が掲載されました。

北海道新聞8月31日(日)付の読書欄に『日本人論争 大西巨人回想』の書評が掲載されました。

以下記事の抜粋です。

大西の旺盛な精神の活動は、今年3月に世を去るまでやまなかった。晩年に至までのさまざまな文を集めたこの本に分け入ると、それがわかる。
 最初の意外は、『神聖喜劇』は当初『名砲手伝』というタイトルで書かれ始めたという話。その超人的な知力でしばしば大西本人と重ねて読まれてきた主人公・東堂太郎は、意味を見出せない戦争で死ぬことを予想しながら、やはり心身を鍛錬する。軍紀の矛盾を突き、上官を論破する。もちろん殴られはする。
 小説の中の東堂と同様、現実の大西補充兵も、次第に「面倒な奴」と「放って」置かれるようになる。それが生存空間を確保する。

本書でも、老いた大西はまだ言っている。「ひどい目に遭わされても恐るるに足らずと覚悟を決めた上で自信を持ってやる」「ここで私が何かを言ったら面倒なことになるだろう、殴られるかもしれないと思っても、『まあ、いいか』と通り過ぎる気持ちにはならなかった、大事な問題であればね。それは、今でも同じ、大西巨人という人間の生き方ということだよ」
(後略)

評者はエッセイストの堀切和雅さんです。ありがとうございました。