公明新聞に『写真集 花のある遠景』の書評掲載

公明新聞(2015年12月6日付)に、西江雅之『写真集 花のある遠景』の書評が掲載されました。西江雅之先生のお弟子さんである加原奈穂子さんが、先生の思い出を交えて執筆されています。

ハダシの学者・西江雅之が出会った世界
 数十の言語を自在に操る天才。かつては体操選手で歌手だった。ソマリアの砂漠を単独で縦断。しかも、風呂にも入らないのに抜群の美肌である、などなど、先生には数々の逸話があったが、一貫して、西江雅之という一つの際だった個性であったと思う。すさまじいほどの知識を積んでも、何を見ても、何を聞いても、借り物ではない自分の目線で捉えている。大学での講義もまさに西江節で、縦横無尽な知識が見事に先生の中に集約され、独特のユーモアとともに繰り出されてくる。写真にも、そんな先生の姿が感じられる。
 ソマリアの灼熱の砂場で、ケニアの都会の裏町で、インド洋のコモロ諸島の群青に輝く海にのぞむ村で、カリブ海の配置の町の喧騒に包まれながら。言語と文化の研究のための旅は世界に広がっていたが、何処にいても、いつの間にか相手の手の中に溶け込んで人間づきあいしているというのが常だった。先生は、虫好きの少年時代、「何をしているの」と尋ねられて、アリに夢中なあまり、「ぼく、今、アリ!」と答えたと言う。対象を観察したり、収集したりするというより、そのものになりきってしまう。そんな少年時代の心は、後の研究生活でも一貫していた。
 「この世に一片の土地もなく、家もなく」と、よく話されていた先生だった。度重なる引っ越しのために失われた貴重なフィルムも数多くあることだろう。そして、そこに写された世界は、大きく世界を変えてしまったことだろう。数万枚のフィルムの中から、この本のために収めることができたのは約90点に過ぎないが、いずれの写真の背後にも、きっと数多くの物語があったに違いない。その物語を、もう一度、あのユーモア満載の西江節で聞けたらと思うのだが、それはもう願っても果たせぬこととなってしまった。