管啓次郎さんによる『我ら亡きあとに津波よ来たれ』書評が掲載されました

2016年3月6日の東京新聞読書面に、丸山健二『我ら亡きあとに津波よ来たれ』の書評が掲載されました。評者は管啓次郎さん。

ほの見えてくるのは津波のあとの情景だ。一面の破壊の中、最初は生死もわからない三十歳の男の意識が体験を語り出す。ついで行動がはじまる。茫洋とひろがる瓦礫の土地に他に人はいない。打ち上げられた船を発見し物資を確保する。家を発見し、死体を発見する。埋葬する。そして・・・。季節と状況の設定からして、これは東日本大震災を直接に背景とするものではない。むしろその具体的経験をもう一度、古今東西の人間世界の普遍性の中に投げ込もうとする試みだ。
一回ごとに変化しつつ反復される波の性質を模すような文体が圧倒的だ。同形の言表が内容をずらしながら五回、七回と繰り返される。扇を開くように想像力が拡大され、われわれの現実がつねにいくつもの選択肢の一つをそのつど選び取って構成されるにすぎないことが、おのずから感得される。[中略]
この作品に唯一の先行者がいるとすれば、それはニーチェ。ただしこちらのニーチェは、ごく卑近な現実と、汚辱の記憶に戻ってくる。生の批判、社会批判、言語批判、そのすべてであるような作品。それはやはり改めて「小説」と呼ぶのがふさわしいのかもしれない。

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