大澤真幸さんによる『「生きよ」という声 鮎川信夫のモダニズム』書評が掲載されました

「週間読書人」2017年8月11日号に、社会学者の大澤真幸さんによる、岡本勝人著『「生きよ」という声 鮎川信夫のモダニズム』の書評が掲載されました。


今日、詩を読む人は少ない。しかし、「詩」というスタイルはずっと、日本の近代の精神史にとって、不可欠の随伴者だった。とりわけ、敗戦からしばらくの間は、詩が特別に重要だった時期である。アドルノは、アウシュヴィッツの後には詩を書けないと言ったが、日本では、敗戦の後に、これと逆のことが起きたからである。つまり、真に深い思索は試作においてしかしえなくなったからである。そのような詩のことを「戦後詩」と呼ぶ。
(略)
本書は、鮎川信夫の思想と人生を多角的に論じた評論である。鮎川を「詩人」と呼んだが、彼は、詩だけを書いていたわけではない。詩論はもちろんのこと、鋭い時評的なエッセイを書き、また多数の翻訳も手がけている。本書は、詩を逸脱した鮎川のこうした側面にも目を配っているが、しかし、常に、「詩を読むこと」を中心に据えているところに、本書の特徴がある。また、鮎川の家族的な背景や詩人・文学者たちとの交流についても記述され、単純に時系列を追っているわけではないが、本書は全体として評伝としての意義をも担っている。
(略)
本書を通読すると、鮎川信夫という詩人が、日本の近代化がーー戦争と敗戦の体験を含む日本の近代化がーー通り抜けねばならなかった葛藤を、過剰なまでに敏感に反映しつつ考え、詩を書いていたことがよくわかる。たとえば、父との激しいエディプス的な葛藤。戦争の原因ともなったファシズムや全体主義への批判と個であることへの頑固な執着。田舎に根をもつ者の、都市へと向けられるロマンチックで叙情的な視線。
(略)
本書の中で最も心動かされる話題は、鮎川信夫と吉本隆明の交渉史である。鮎川が、吉本の詩集に感動したのがきっかけで、二人は出会う。鮎川が父を亡くしたすぐ後の1953年秋のことである。吉本は鮎川より四歳年下。二人は意気投合し、深い友情を育む。(略)二人の間に開いてしまったギャップにこそ、日本の近代の謎と困難が隠れているように感じる。鮎川は、吉本との決裂の一年後に、母親の後を追うようにして亡くなるのだが、本書は、もし鮎川がずっと吉本の傍にいて、父や兄のような対話者であり続けたならばどうだったか、と問う。この国の思想は、まったく別の光景を見せたに違いない。

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