神山睦美さんによる岡本勝人著『「生きよ」という声 鮎川信夫のモダニズム』評が掲載されています

2017年9月号の「現代詩手帖」に、神山睦美さんによる、岡本勝人著『「生きよ」という声 鮎川信夫のモダニズム』の書評が掲載されています。

戦後の詩人・思想家のなかで鮎川信夫ほどアメリカについて語った者はいない。このことは、もっと注目されていいはずなのだが、これまでの鮎川信夫像は、戦争体験と戦争の死者たちへの遺言執行人というところからのみ描かれてきた。なぜ鮎川は、この国に何百万という死者をもたらしたアメリカに対して、怨望や反感よりも飽くなき欲望を抱きつづけたのだろうか。それは、戦後の大衆が戦勝国であり占領国であるアメリカに対して抱いた欲望とも異なる。いわば、アメリカの民主主義の根本にある「自由」への欲望なのである。
このような鮎川信夫像が、戦後の日本をアメリカの傀儡ととらえ、そこからの脱却をはかる知識人たちに対する根本的な批判となっていることを明らかにしたのが、岡本勝人『「生きよ」という声 鮎川信夫のモダニズム』にほかならない。
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戦前の天皇制ファシズムと全体主義について言及するにあたって、丸山眞男の「超国家主義の論理と心理」に分け入り、そこから戦前の大衆の行動様式と丸山自身の戦争体験を引き出してきたり、ドイツ第三帝国の支配的イデオロギーであるナチズムに対しても、これに対する根底からの抵抗を行ったベンヤミンの「遺言執行人」としてアドルノを位置づけ、彼の全体主義批判の書『啓蒙の弁証法』(ホルクハイマーとの共著)を検証したりと、周到な手続きを欠かしていない。
(略)
彼我を問わずアメリカへの欲望を抱く大衆に対して、これを否定しないという姿勢こそが、全体主義への批判を実効あるものとするという考えだ。この点について丸山眞男における大衆嫌悪と近代主義という問題も視野に入れながら、鮎川信夫のモダニズムが検証されるのである。そういうモダニストであり、リベラリストである鮎川信夫とは、アメリカのデモクラシーがはらむ頽落の様式を絶えずチェックしながら、なおかつアメリカを欲望し続ける者なのである。
そのような詩人・思想家としての鮎川の独特の位置を明らかにしたということで、鮎川詩を「引用素」という視点から丁寧にたどる手法ともども文学史に残る鮎川信夫論といえる。

ありがとうございます。冷戦末期、1980年代アメリカの保守の動きがレーガン政権に結実した頃、鮎川信夫はノーマン・ポドレッツら保守思想家のテキストを追っていました。いまその意味をどう捉え直すことができるのか、本書が一助となればと思います。