『「生きよ」という声 鮎川信夫のモダニズム』、詩誌「びーぐる」に触れられています

詩誌「びーぐる」の第36号(ボードレールと近代特集号)の、添田馨さんのご執筆による詩論時評コーナーにて、岡本勝人著『「生きよ」という声 鮎川信夫のモダニズム』が冒頭に触れられています。
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なかでも晩年の吉本隆明との決別のくだりが、私のなかではほろ苦い読後感となり尾を引いた。普通、この事件は所謂「三浦和義事件」(ロス疑惑)をめぐる対談での両者の意見対立が直接の原因と考えられているが、本当のところは実はよく分っていない。私も以前にこの点を調べたことがあったが、結局、不分明のままである。だが、吉本と鮎川の年齢的な位相差が微妙に影響しているのではないかと薄々感じるところがないわけではなかった。岡本もこの決別の理由の分からなさに触れてこう述べている。

吉本隆明は、鮎川信夫との最後の結び目となる対談『全否定の原理と倫理』で、三浦和義事件を実存的に把握する自由主義的な鮎川信夫個人の論理を否定こそしないものの、『最後の親鸞』以後、実存から展開して実存を超えた構造主義的な手法で、ポスト構造主義的現在をまえに、世界視線による解像力によって取り込もうとしつつあった時期であった。それのすれ違いにより、鮎川との交渉史を断ち切ろうとしたのだろうか。
「吉本がなぜ私と全く対立する見解を持つに至ったかは、実のところ不明である。」(「読者へ 確認のための解註」)という、何度も引用するこの鮎川の動揺は、隠しようがないものだった。(「第八章 故郷」より)

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鮎川との三十年にもわたるつき合いがあるのに何故、と人は思うかもしれない。しかし、三十年にもわたる真摯なつき合いがあったからこそ、決別もまた必然的に招来されたのではないかと私は思うのだ。(略)人生の「午後三時」に、決別は鮎川の側ではなく、吉本の側でどうしても踏まねばならぬステップだったのだと、今は言っておくしかない。

ありがとうございます。時評ではこのほかに、季村敏夫さんの個人誌「河口から」に掲載されている岩成達也さんの論考、近藤洋太さんと野村喜和夫さんの対談(「江古田文学」掲載)、福田拓也『「日本」の起源』(水声社)などが取り上げられています。