「新建築」に隈研吾さんの論文「モダニズムからヤンキーへ」

「新建築」2013年5月号に、建築家隈研吾さんによる論文「モダニズムからヤンキーへ アゲアゲアーバニズムとしての歌舞伎座」が掲載されています。

槇文彦『漂うモダニズム』によって示される現在の建築の状況、モダニズムとはなんだったのか、との総括を参照しつつ、このたび竣工した第5期歌舞伎座をいかなる建築として規定するのか、そしてつまり〈いま〉をいかなる時代と捉えているのか表明しています。
漂うモダニズム
10年前のことである。新しい歌舞伎座の設計を依頼された時、正直、ヤバイ、と思った。とても光栄な仕事ではあるが、ふたつの目線が気になった。(略)
もうひとつ気になった目線は、建築家仲間の批判である。正統的なモダニズムの規範からすると、反りのついた瓦屋根が載って、赤い欄干に金色の金物の付いた、コテコテの歌舞伎座は、「いかがなものか」となるかもしれない。しかしさすがに陸屋根にして、すべての装飾を取っ払い、赤い色も使うなと言われる可能性は低いと思った。時代の変化だろうか。それとも歌舞伎座という存在のせいなのだろうか。
なぜ僕はそう感じたのか。その理由を突き詰めること、それがすなわち時代の行く末を見きわめることになる。
(略)
槇は、「モダニズム」は輝きを失ったと指摘し、水村(美苗)は、「文学」は輝きを失ったと言う。20世紀前半に生まれた「モダニズム」と19世紀の日本の近代化に合わせて誕生した「文学」にどんな類似性があったのだろうか。『日本語が亡びるとき』を改めて読み込んでいくと、「モダニズム建築」と「文学」の平行関係が次第にあぶり出される。そう、モダニズムも文学も、「翻訳」であったがゆえに、「ある時」輝いたのである。
(略)
都市に繫がる平成の歌舞伎座、第五期
吉田(第四期)は、岡田(第三期)に比べて地味である。戦後という時代が、モダニズムという「大船」の時代が、標準化と普遍性を重視する工業化社会が、その地味さを要請した。しかしわれわれは、すでに別の時代の中にいる。われわれは第五期に、華やかさを取り戻そうとした。(略)われわれは、「大船」が座礁した時代の海を、必死に泳いでいることを見せたかった。
そして、「ヤンキー」というキーワードが示されます。モダニストのあとに来たヤンキーとは何者か、本文をぜひお読みいただければと思います。