鹿島茂さんに『〈驚異の旅〉または出版をめぐる冒険』をご紹介いただきました

「週刊文春」2013年5月30日号のリレーコラム「私の読書日記」で、今週の執筆者鹿島茂さんに石橋正孝著『〈驚異の旅〉または出版をめぐる冒険』を評していただきました!
本が寄贈されてくるたびに思うのはこの本は「誰を泣かせているのだろうか?」ということ。造本に金をかけずに安いのは①「本を泣かす本」。造本に金をかけて安いのは②「著者(訳者)を泣かす本(印税なし)」。造本に金をかけて高いのは③「読者を泣かす本」。ちなみに「造本が立派で安く、印税の払いもいい」という④「だれも泣かさない本」はあり得ない。出版社が倒産するからだ。さて、この中で一番健全なのは③「読者を泣かす本」だが、デフレ下でこのオプションはない。残るは①と②だけだが、編集者だったら②で行きたいと思うに決まっている。
(中略)
出版史に残るグランヴィルの挿絵本『動物たちの私生活・公生活』を世に出し、ジュール・ヴェルヌの版元として「驚異の旅シリーズ」をつくりあげたピエール=ジュール・エッツェルはまさにこうした②型の編集者の典型で、ヴェルヌはおおいに泣かされたわけだが、しかし、二人の関係は加害者と被害者のそれでは説明のつかない複雑なものだった。
(中略)
二万部を売らないとペイしないビッグ・プロジェクトであるために、そこから遡行的に計算して、ある決断を下す。すなわち、二万部売れる本にするために編集者の「助言」という名目でヴェルヌのテクストに大幅に介入することに決めたのだ。これを著者は「システム」と呼ぶ。このシステムのためにはヴェルヌが金銭でも作家的自尊心でも「泣く」必要があったが、しかし、それは一方的な犠牲ではなかったのだ。「『システム』は、ヴェルヌの成功に対して、エッツェルが象徴的な次元で共著者として主張しうる権利を放棄して初めて作動しえたのである。ヴェルヌを文学的に自己否定させるところまで追い詰めつつ、そうした文学的犠牲のみならず、経済的犠牲をも強いつつ、『システム』は自己を貫徹する。まさにその瞬間に逆転が起こる。ヴェルヌはこの上なく著者になるのだ」
エッツェルなくしてヴェルヌなし。ヴェルヌなくしてエッツェルなし。これぞまさにシステムである。
本書のもっとも肝要な一文を引いて、ご紹介いただきました。ありがとうございました。