FIGARO JAPAN 12月号にて『〆切本』紹介

FIGARO JAPAN 2016年12月号のBOOKコーナーにて『〆切本』をご紹介いただきました。

「そこで、ともかく引き受けて、第一回分四十枚ばかりを書いた。結末はどうなるかという見通しは全然ついていないのである」。こう記したのは江戸川乱歩。物語のつかみを書くのがうまくなったのは、見切り発車で書いたおかげ。貧乏の原因は遅筆だと嘆いたのは谷崎潤一郎。向田邦子は締切りを過ぎてから書き出した。岡崎京子は、どうせ締め切りを守れないだろうと6日もサバを読まれていた。作家も人の子。のるかそるかの土壇場で、ため息交じりに本音が漏れる。締め切りをめぐる攻防は、弱音と強気がせめぎ合い、読めばなぜか勇気が出る一冊。

ありがとうございました! 『〆切本』は全国の書店にて大好評発売中です。


「週刊ポスト」にて鴻巣友季子さんによる『〆切本』書評掲載

「週刊ポスト」(2016年10月28日号)のBOOL Reviewにて、鴻巣友季子さんが『〆切本』をご紹介くださいました。

期日に追われる人にとって「最高のサスペンス本」
〆切……なんと胸の痛む言葉だろう。本書は、期日に追われるすべての人にとって、恐怖の本だ。なのに、総毛立ったままページを繰る手が止まらない。最高のサスペンス本でもある。
(略)
田山花袋は追いつめられて、「筆と紙と自分の心との中に悪魔が住んでいる」と、「エクソシスト」みたいになり、井上ひさしは「殺してください」と言う。吉田健一は「何のために自分がそんな目に会わなければならないのか」と被害者意識丸出し。内田百閒は年内の借金返済のために〆切を守ろうとするが、借金なんて返さなければいいだけだと気づき、一文字も書かずに除夜の鐘を聞く。野坂昭如は肋骨のヒビの痛みでなんとか書きあげるという壮絶さ。
第二章の「敵か、味方か? 編集者」は、書き手と担当者の駆け引きと関係が、もう正視できない程どろどろとしており、高田宏の項などホラーの域を超えている。一方、第三章の「〆切なんかこわくない」は筆者全員が〆切に遅れたことなどない、二十日位前に必ず仕上げると豪語する人たちなので、これまたホラーである。
ジャック・ラカンは「〆切」を早めに設定する、つまり精神分析のセッション時間を短くすることで効果を上げたそうだし、米原万里は〆切やテーマの「制限」がある、すなわち不自由な方が自由になれる、と言う。そう、〆切にも効用があるのだ、と本書はそういう方向にまとめていく。
とはいえ、筆者が書けない書けないとのたうち回る前半の方が矢張りおもしろい。斯く云うわたしも〆切を過ぎてこの原稿を書いているのですから、仕様のないものであります。

鴻巣さん、ありがとうございます! 読む人によっては、サスペンス本になってしまう『〆切本』は、全国の書店にて大好評発売中です。

週刊金曜日にて『〆切本』を紹介いただきました。

週刊金曜日2016年10月7日号のブックコーナーにて『〆切本』が紹介されました。

名だたる文筆家の「書けない」弁解

なんとか一字二字書き出したもののどうしても気が乗らない。書き手としての矜持と期限のデッドラインの狭間できりきりと気を揉む田山花袋の姿は、〆切病の典型といったところ。たいていは自虐まみれの言い訳を連ねるケースが目立つが、中には横光利一のように〈書けないときに書かすということはその執筆者を殺すことだ〉と逆切れをかます強者もいる。大岡昇平の息子が〈終始うそをついてあやまってばかりいなければならないから〉お父さんのようになりたくない、と答えるくだりには比喩でなく胸が痛くなった。
そこまでも「作家」らしいのは内田百閒。原稿料を前借りして書いていたはずがいつのまにかあさっての方向に脱線していく様子をユーモアたっぷりの極上エッセイに仕立てる。柴田錬三郎にいたっては、なんと連載小説まるまる一回分のページの空白をすべて「書けない」弁解で埋め尽くす荒業を発動。ギリギリで原稿を受け取った編集者がその場で読まずに印刷所へ走る習性を利用したわけだ。いやはや、なんとも心強い(?)。
とはいえ、釘を刺すのも忘れない。〈仕事はのばせばいくらでものびる。しかし、それでは、死という締切りまでにでき上がる原稿はほとんどなくなってしまう〉(外山滋比古)―ひいい。


ご紹介してくださったのは、ライターの倉本さおりさん。ありがとうございます!

AERA(10月17日号)にて森永卓郎さんに『〆切本』をご紹介いただきました。

AERA(2016年10月17日号)BOOKコーナーにて、『〆切本』をご紹介いただきました。評者は森永卓郎さんです。

読まずにはいられない
本書の感想こそあなたを映し出す鏡


 レオナルド・ダ・ビンチの「モナリザ」の微笑は、観る人の心情によって表情を変えるという。観る人の心を映す鏡なのだ。本書も同じだと、私は思う。
 本書は、多くの作家が〆切に関して書いた文章を蒐集、整理したオムニバスだ。プレッシャー、呻吟、絶望、言い訳、希望、達成感など、〆切にまつわる様々な心情や対処法が濃密に語られている。これをみて、同情する人、愉快に感じる人、不安を感じる人、優越感を覚える人など、感じ方は、人によってまったく異なるのではないか。ちなみに、私が感じたのはただ「反省」の一言だった。
(中略)
 本書に登場する作家たちは、自分の作品に強いこだわりと高いプライドを持っている。だから、少しでもよい作品に仕上げようとのたうち回る。谷崎潤一郎が『文章読本』を出版するとき、校正中に内容の不満を覚えて、前面改訂を思い付き、発売自体を延期させたエピソードは、まさに作家の強い責任感の表れだ。
 だから、私が〆切を一度も落としたことがないことは、何の自慢にもならない。私の無責任さを象徴しているからだ。私は、猛烈に反省した。自分の作品には、もっとこだわらないといけない。だから、この書評も、推敲をして、最期にもう一度繰り返しを付け加えた。
 この本から読者が受ける感想は、読者の仕事への姿勢そのものだ。だから、この本を鏡として、あなた自身の仕事に対する態度を見つめ直して欲しい。もしかすると、恐ろしい姿が映っているかもしれないのだ。

森永さん、ありがとうございました! 読む人の心を映す『〆切本』は、全国書店、インターネット書店にて大好評発売中です。

「東京新聞」読書欄にて池内紀さんに『〆切本』書評を書いていただきました。

東京新聞(2016年10月9日付)の読書欄にて、池内紀さんに『〆切本』をご紹介していただきました。

言い訳にも文学の豊かさ
ふつう生産者と消費者のあいだに取り次ぎがいて、納期をきめる。
会社に「納期厳守」のビラが貼ってあったりする。守れないと迷惑をかけ、たびかさなると、取り次ぎに愛想づかしをされる。これが社会のルールである。
文学の場合、生産者は書き手、作家、物書き。読者が消費者で、取り次ぎは編集者。納期はしめ切り。「〆切」などとヘンな文字をあてたりする。
時がたち、日が過ぎて、やがて約束の〆切日。まにあわない、遅れそう、まだ仕上がらない−このあたりは御の字といわなくてはならない。〆切がきて、やっと取りかかった。この場合も上々のケースである。まるきり手をつけていない。ハナから忘れていた。催促されると謝るどころか逆に怒り出す。これさえもまだ可愛い。では、どのような事態がもち上がるのか。
おかしな、不思議な、とてもたのしい〆切文学のアンソロジーである。たぶん世界に二つとないだろう。通常の生産の場合はビラ一枚ですむことが、文学では千変万化する。
(略)
さらに不思議でおかしいのは、泣きベソをかきつつも、編集者が少なからず〆切破りをいとしんでいることだ。実際、名作の多くは常習犯の手から生まれた。納期が文学性をおびて、モノガタリになる。〆切には文学の豊かさが鉱石のように埋もれている。

池内さん、ありがとうございます! 


京都新聞1面コラム「凡語」にて『〆切本』が紹介されました。

京都新聞(2016年9月29日付)の「凡語」にて、『〆切本』が紹介されました。

文豪と呼ばれた夏目漱石や島崎藤村から現代の売れっ子作家まで、書き手は原稿の締め切りに追われる。「どうしても書けないんだ」「鉛筆を何本もけずってばかりいる」。言い訳はさまざまだ。
締め切りにまつわる作家90人の随筆や手紙、日記、対談から拾った「〆切本」が出版された。予定どおり原稿が欲しい編集者と、何かと言い逃れする作家の戦闘記とも読める。
(中略)
来週にも発表があるノーベル文学賞の有力候補とされる村上春樹さんは、原稿遅れ、悪筆、生意気を編集者泣かせの三大要素と呼ぶ。印刷所の迷惑を考え約束をたがえないのが信条だ。遅筆の代表は向田邦子さんだ。週刊誌用の原稿用紙で7枚ほどの原稿も2度か3度に分けて渡したそうだ。「背中を押してくれてありがとう」と感謝する作家ばかりなら編集者も楽なのだろうが。

ご紹介ありがとうございました! 



朝日新聞BOOK TIMES 9月号「書店員さんオススメの本」に『〆切本』

朝日新聞広告 BOOK TIMES 9月号「書店員さんのオススメ本」のコーナーにて、丸善丸の内本店 石川康太郎さんに『〆切本』を紹介していただきました。

「人生は締切だ」と言った人がいました。締め切りは日々にメリハリを与える時間の節目かもしれません。そんな「時間」を切り口にした面白い読み物を紹介します。一冊目はその名もずばり『〆切本』。夏目漱石や松本清張、村上春樹といった90人の作家たちによる、締め切りにまつわるエッセーや書簡、日記などを集めた本です。言い訳、現実逃避、失踪、謝罪……、身につまされながら笑わずにはいられません。田山花袋は子どものように妻に甘え、野坂昭如は自分の指を折ってしまいます。谷崎潤一郎の『文章読本』の刊行が延びた時には、文豪が自ら書いた謝罪文を読者に向けて発表しています。若き日の藤子不二雄が鬼編集者の前で徹夜する漫画は晴れ晴れとした読後感。つらい締め切り刺激として楽しめるようになるかもしれません。(以下略)


石川さん、ありがとうございました!



神奈川新聞読書欄に『〆切本』が紹介されました。

神奈川新聞(2016年9月25日付)の読書欄に、『〆切本』の紹介コラムを書いていただきました。

締切めぐる作家たちの戦い
記者の「作家名刺ホルダー」に、取材した多くの作家の名刺を収めている。異色は鎌倉に住んだ胡桃沢耕史。右肩に「稿料格安 締切厳守」とある。「〆切本」を読んで、数十年も前の氏の笑顔を思い出した。
(中略)
遅筆といえば井上ひさしだが、向田邦子も負けていない。山口瞳によれば、向田は「締切日を過ぎてから書き出すというのだから恐れ入ってしまう。」新人時代からそうだとは、確かに恐れ入る。
胡桃沢は直木賞受賞まで長年、苦労した。原稿を持ち込んでは、冷たくあしらわれた。だから「持ち込み三十年時代の恐怖症は抜けず、必ず二日前には(原稿を入れる)。編集者に心配かけるなんて大胆なことはとてもできない」。
「締切厳守」の背景には、苦節の時代があったのだ。


筆者は、神奈川新聞記者の服部宏さん。ありがとうございます! 
「〆切厳守派」の胡桃沢耕史先生の名エッセイも収録されている『〆切本』は、好評発売中です。

『産経新聞』読書欄に『〆切本』をご紹介いただきました。

産経新聞(2016年9月25日付)の読書欄にて、呉智英さんによる『〆切本』の書評が掲載されました。


大家も文豪も冷や汗を流す
 『〆切本』とは奇妙な書名だが、文筆家が原稿の〆切に苦しむ話をまとめたものだ。あの大家、この文豪が、みんな〆切に悪戦苦闘している。私は昨春事故で入院して初めて原稿を落としたが、それ以外は〆切はほぼ守っている。私のような小物が〆切を守らないと、執筆依頼が来なくなる。それが心配なのだ。小物は気も小さい。

 しかし、本書を読むと、大家、文豪も、平然と〆切破りをしているわけではない。みんなびくびくして冷や汗を流している。これだけは小物も大物も一緒で面白い。

 最初に登場するのが田山花袋。内弟子の女性に横恋慕した卑小な自分を描いた『蒲団(ふとん)』の作者だけに、〆切に苦しむ情けない自分が自虐的ユーモアで巧みに描かれている。

 しかし、この手のユーモアとなると、やはり内田百閒である。年の瀬、金の工面をしなければならない。原稿を書くという約束で雑誌社から金を借りる。さて原稿を書くとなると、電気暖炉を買わなければならない。電気暖炉を買ってみると、空気が乾燥しすぎて体調が悪くなる。「その日もその晩も、結局仕事はなんにも出来なかった」。そんなことにふりまわされているうちに「除夜の鐘が聞こえ出した」。いやはや。
 胡桃沢耕史は「〆切は決してのばさない。持ち込み三十年時代のキャンセル恐怖症は抜けず、必ず二日前には入れる。編集者に心配かけるなんて大胆なことはとてもできない」。清水正二郎名の不遇時代の記憶が脳裏にこびりついているからだ。

 マンガ家たちによるマンガエッセーも3篇収録されている。藤子不二雄(A)『まんが道』の中の一章、長谷川町子『サザエさんうちあけ話』の中の一話、岡崎京子『セカンドバージン』の中の小品である。どれも私は既読であり、どれも面白いが、こういうものはやはり長谷川がうまい。 社会心理学者・樋口収「勉強意図と締め切りまでの時間的距離感が勉強時間の予測に及ぼす影響」なんていう学術論文もある。夏休みの終わりにあわてるのなら、なんで初めに。真面目な研究である。

呉さん、まことにありがとうございます。書き手の苦悩とユーモアが凝縮された『〆切本』は、全国の書店にて好評発売中です。

web版「考える人」の、「編集長河野通和の今週のメルマガ」にて『〆切本』をご紹介

新潮社「webでも 考える人」の、「編集長河野通和の今週のメルマガ」にて『〆切本』をご紹介いただきました。

傑作誕生の舞台裏
「この本、絶対に気に入ると思いますよ」と差し出された1冊は、はたして後を引く味わいの本でした。題してズバリ、『〆切本』。

 明治の夏目漱石から、現代の村上春樹にいたるまで、作家と呼ばれる人たちが「締切」とのいわく言いがたい関わりを、飾らず、衒(てら)わず、ありのままに綴ったエッセイ、日記、手紙、対談、漫画、はては「謝罪文」までを集めた90人、94篇のアンソロジーです。

 表紙やカバー、見返しに抜書きされた、書き手の呻(うめ)きとも愉悦ともつかないような、数々の名セリフ。切羽詰まってこんな肉声を吐かせるところに、「締切」という縛りの本領――尋常ならざる不思議な力を感じます。
(中略)
どれもが、「あるある」と頷きたくなる事例ばかり。仕事柄、無関心ではいられないテーマだけに、すでに個人用フォルダーにストックしていた文章もいくつかありました。しかし、初見の「絶品」も数多く、悲喜こもごもの実録と、そこに刻まれた名言至言の楽屋裏を妄想たくましく推量しながら、ゆっくり堪能した次第です。

「締切遅延組」の筆頭格で、数々の伝説を打ち立ててきた大物作家の言行録は、いつ読んでも滋味深く、切なさ、いとおしさがこみ上げます。さりとて律儀な「締切厳守組」が優等生でつまらない、といった評価も当てはまりません。締切という制約があってこそ知る、あまりに人間的な作家の素顔に、得も言われぬ面白さ、個性の深さを感じます。どんな泣き言にも恨み節にも、思わず威儀を正して聞き入るのは、そこに真剣さがあるからです。(以下略)

河野さん、ご紹介まことにありがとうございます。なんと、『〆切本』に関する記事は、来週配信号(後編)へ続きます。ぜひ、お楽しみに!

全文はこちらからお読みいただけます。⇒「考える人 編集長河野通和の今週のメルマガ」