第1回 幸 福 の 配 分

 新年おめでとうございます。
 さて。オシムが倒れて、岡田武史が再び日本代表監督になった。今年はW杯予選が本格化し、夏には北京五輪もある。だが、フットボールファンにとって、2008年はなんと言ってもまず、6月に開かれる欧州選手権の年だ。欧州の16強がプライドをかける。これは面白い。アジアの弱小チームなどいないほうが純粋に面白い、という考え方に私も当然、1票を投じる。
 欧州のフットボールの魅力、私にとって、それは引き分けの美しさだ。フットボールは実は「勝敗を競う」よりも、「勝ち点を競う」ための試合であるほうが多い。リーグ戦は勝てば3、負ければ0、引き分ければ1。優勝は勝ち点で決まる。ゼロサムゲームであるはずの「勝負」で、引き分けにも1点という分け前があるという、ノン・ゼロサムゲームの思想、実はこれが渋い。そして、欧州フットボールはその渋さを満喫できる。
 そこで想像してみる。
 例えば、今回の欧州選手権の「死のグループ」C組の最終戦を。同時刻で行われる6月17日のフランスvsイタリア、オランダvsルーマニア。フランスと、イタリアがともに勝ち点1を取れば、決勝リーグに進めるが、0だと予選落ちの可能性があるような緊迫した状況になったら、どんな試合が見られるのだろうか。
 0−0で終われば、ともに勝ち点1で、決勝リーグ進出。攻めれば、攻められる可能性が高くなるのがフットボールだ。さあ、試合が始まった……おっと、どちらもボール回しで攻めません、だらだらと90分が過ぎました……というふうにはならず、そこそこ攻め合って、結局「スコアレス・ドロー」で両国とも決勝進出。きっとこうなるに違いない。
……これは引き分けでも、「痛み分け」とは全く逆だ。なぜなら、どちらにも幸福が配分される引き分けだ。
 大きな分け前はないが、傷もなく、引き分けすれば1点づつ、というシステムの思想は、意外に奥が深いのではないか。
 米国の政治学者アクセルロッドの著書での報告によれば、第1次世界大戦中、塹壕で対峙したドイツ軍とイタリア軍が、手加減や攻撃するフリなどをしながら「誰一人として死なない戦争」をかなり長い間続けたケースがあるという。
 相手を殺したうえでの勝利(3点)ではないが、殺そうとして死ぬこともなく(0点)、お互いを生かして分け前を得る(1点)。これじゃあ、戦争になっていない。でも、攻めるフリだけはする、そこがミソだ。フランスとイタリアもきっと、攻撃する態度を見せながら0−0で終わる、そう、だから引き分けはいいのです。
 おたがいの核ミサイルで破滅し合う「痛み分け」は困るが、こんな引き分けこそ、世界中が有限性と格闘しなければいけない21世紀にはふさわしい態度ではないか。
 こんなよしなしごとで、10日に1回ぐらい、左右社のHPを汚していきます。よろしくお願いします。

三沢順(みさわ・じゅん)