第23回 リオ妄想日記5 ファベーラ


 リオデジャネイロの街に、300から500あるというファベーラ(スラム街)。
 2000年の統計では、人口の19%がここに住んでいた。
 いまは30%程度に膨らんでいると言われる。
 ほとんどが丘にあって、誰にでもわかる異界への「入り口」は狭い坂だ。そこにはギャングがマシンガンを持って監視している。縄張り争いや警察の摘発行動で、銃撃戦が始まると、誰もが流れ弾をおそれて、家の中に臥せ、息をひそめる。映画「シティ・オブ・ゴッド」の世界。
 州政府はワールドカップや五輪開催をひかえ、ファベーラのギャング一掃作戦を開始。
 このなかで、警察が支配権をようやく確立した10いくつかのひとつ、レイミ地区にあるバビロニアの丘をのぞいた。「黒いオルフェ」の舞台になったファベーラだ。急な石の階段や細い路地が、迷路のように入り組んで続く。
 子供たちのまなざしが柔らかい。写真も撮らせてくれる。
 だが、「年配者にはカメラを向けない方がいい。まだギャングと関係がある人がいるから」
 と、アドバイスされた。近づく大統領選の結果や州政府の権力争いによっては、再び警察からギャングに支配権が移る可能性も皆無ではない。そのときが来たら、現在の平和のために警察へ協力した者たちはあぶり出され、殺されかねない。様子見だけが、命を保証するのかもしれない。
 坂のすぐ近くには、監視カメラの鉄格子に囲まれた、厳重な警備員つきの高級ペントハウスがそびえているのが信じがたい。
 路地を歩きながら、思った。
 こんな地域を走り回りながら成長したロマーリオにとって、ゴール前での一瞬の身のこなしは、何よりも生きるか死ぬかの、生存の本能として鍛えられた動きに違いない。
 30センチの空間を突破していく身体の舞は、豊かな芝生の上の練習では身に付かないはずだ。
 「決定力」という言葉が、いかにものんきに平和に響く。

三沢順(みさわ・じゅん)