第27回 アンデス妄想日記1 谷繁と中村

 ペルー編は移動も多いし、「アンデス妄想日記」と名付けさせていただく。
 約5時間半のフライトを経て、ペルーの首都リマに降り立った。
 すでに搭乗券を求めるリオの空港のカウンターから、何やら、ここはブラジルなのか、という感じで雰囲気が違っていた。気のせいではない。どう違うかと言えば、動と静。ブラジルが動なら、ペルーは静だ。
 人々の話し声の大きさ、身振り手振りのアクション、笑い声のカン高さ、ダイナミックな肉体の動き、これらはみなブラジルのものである。
 ペルーは物腰が柔らかく、スペイン語もフランス語のように聞こえる。人々は控えめに見え、声高の主張の声は聞こえない。
 サンバとフォルクローレ、動きと静かさ。
 だが、明らかにペルーが勝っているのは、食べ物だった。
 いくらリオで、おいしいシュラスコを食べていても、悲しいかな、15分もすれば、「醤油と辛子を持ってこいやーー!」と叫びたくなる。食文化・食習慣の保守性である。
 だが、ペルーではペルー料理が口にあっているのは言うに及ばず、ともかく、ただの鳥の唐揚げからして、非常に美味だ。在住者に言わせると、「そりゃあ、山の斜面で放し飼いにしてある鳥のほうが筋肉が鍛えられてるでしょ」ということになる。
 というのは2,3日過ぎてからわかったことだ。
 リマのホルヘ・チャベス国際空港ではそんな余裕がなかった。なぜなら、合流したチリ地震取材帰りの同行者が持っていたインマルサット(BEーGAN)、つまり衛星通信送稿用システムが入国審査でひっかかり、30分経っても無罪放免にはならなかったからだ。
 「そんな専門機械を持っていて、あんた観光ビザはないでしょ?」というわけでした。
 謝っても許されず、乗り換え時間は刻々と近づいてくる。
 結局カネで片はついた。350ドルなり。だが、とっくに乗り換え便は離陸してしまった。
 それはともかく、ブラジルは谷繁、ペルーは中村武志みたいだな、ということを言いたかったのである。
(バスク妄想行6「共犯の笑顔」を読んでいただければ、意味はわかる)

三沢順(みさわ・じゅん)