第28回 アンデス妄想日記2 葉巻とホルモン

 秋の気配が漂い始める海岸に点在するサーファーたち。
ペルーのリマと海は結びつかないが、そんな海岸沿いを空港から30分も走ると、市内一の繁華街ミラフローレス地区がある。
 その一角にあるキューバ・バーに、地元在住者に連れて行ってもらった。
 日系2世の絵描きの娘さんと、キューバから来ていたペルー人が結婚して、開いた店だ。
 この店がなにやらとてもクールだ。写真を見ていただければわかるけど、キューバ国旗が店内奥に飾ってあり、周りをセンスのいい絵が取り囲む。もし青山にあったら、毎晩満員になるだろう。
 店長の青年は葉巻をくゆらし、「島」という入れ墨をした男を絵に描きたいのだけど、かっこいい「島」の書き方を知ってるか?などと、不思議な質問をしてきた。
 さらに、そこからやや危ない地区にある日系2世のホルモン焼きへタクシーで移り、終わりゆくリマの夏を味わいながら、ハツやらミノやらを食べた。カブを紅ショーガ風に刻んであった。粒のおきなとうもろこしはなかなかいけたが、ペルー産のタマネギがこれでもか、とのっかているのには閉口した。
 リマの中心地でキューババーへ行くとは思わなかったし、リマのダウンタウンで、ホルモン焼きをつつくとは思わなかった。
 その席で、佐野碩の話になった。「立て飢えたる者よ」の、あのインターナショナルを訳詞した共産主義者で、小林多喜二らの仲間。マルローやエイゼンシュタインとも交流があった。ソ連からメキシコへ渡り、「メキシコ演劇の父」と言われた人間だ。ペルーの農村には、農民演劇の道を歩む、佐野碩の教え子がいるのだそうだ。
 連れの地元在住者は、年老いた日系人を訪ねたときの話をしてくれた。
 開口一番、「日本人の若い女が黒人好きってほんとなんですか」と彼は目を丸くして、訪ねてきたそうだ。家には「教育勅語」が飾ってあった。
 ドミニカ移民同様、ペルー移民も農場で奴隷のように扱われかねないといった、かなりひどい目にあったようだ。ブラジルでも日系人の話をたくさん聞いたな、と思い出した。

三沢順(みさわ・じゅん)