第30回 アンデス妄想日記4 鞭と仕置き

 ここリマで会う人たちはおしなべて、いい意味でテンションが低い。
ブラジルとは対照的だ。甲高い声で語らないし、ジェスチャーもそう激しくはない。
 レストランのボーイから人類学者まで、おだやかな笑みを浮かべ、親切。中南米を旅した日本人がペルーに戻ってきて、「日本に帰ったような気がする」とほっとするのも、なんとなくわかる。
 そのペルー人たちが、なぜかハンドルを握ると、人格が変わるのではと思うほど、凶暴になる。
 車が、得体の知れない動物みたいだ。まるで遠くにあるエサを求めて、われ先にと殺到する。
 リマのタクシーの場合、それが顕著だ。

(1)車線変更で、ウィンカーをつけない。
(2)そもそも区切られた車線という概念が存在しない。
(3)クラクションは、注意を促すためでなく、苛立ちや怒りの表現で使う。
(4)スペースに頭から突っ込めば、相手はひるむ
などなど。

 欧米やアジアの大都市で、すさまじいタクシーには乗ったけれど、リマのHELL度はかなりのものだ。
 そもそも、メーター制でないので、乗車前に交渉しなければならない。片言の英語もできない人が多いので、これは旅行者にはそもそも厳しい。
在住者の話では、ここでは公務員の兼業も認められているので、タクシー運転手も副業が多いという。
 医者や弁護士もいるという。彼が語った、超ユニークタクシー運転手を紹介しよう。

1)タクシーに乗ったら、ある薄いパンフレットをわたされた。その表紙には、男が馬に乗って、鞭をふるっている写真がある。なんだ、こりゃ、SMクラブの紹介かと思いきや、その男は運転手自身だった。
運転手は、「おれはもうすぐ政党を立ち上げる。応援してくれ。汚職政治家、汚職公務員を厳罰に処さなければペルーはよくならない」と、力説する。政党名は「鞭と仕置き」だった。

2)「おおっ、日系人か? そうか、日本人か」と迎えてくれた運転手は、民間のペルー音楽収集家だった。カネと情熱をかけて、大衆のなかで歌い継がれてきた民謡を集めているという。「日系人の歌がいくつもあるのを知っているか?」と彼はいい、朗々と歌い始めた。「日本人はよー、最初はよー、床屋としてこの地にやって来たんだよー、ところがよー、だんだんよー、おれたちの仕事をよー、奪い始めたんだよー、そりゃあないよー……」

 そんな話を聞きながら、わたしは突然、役所広司が出た「KAMIKAZE TAXI」という原田真人監督作品を思い出した。そうだ、あれは日本に出稼ぎに来たペルー出身の日系人のタクシー運転手が主人公だったではないか。そして、横浜市北部ののシネコンで開かれた「役所広司映画祭」で、朝の2時ごろからこの映画を見たのは、昨年の3月の3連休だったじゃないか(この項、次回に続く)。

三沢順(みさわ・じゅん)