第32回 アンデス妄想日記6 コカ

 今回のペルーへの旅でもっともおそれていたのは、高山病だった。
 ひとつの目的地コルカ渓谷に行くには、4925メートルの山越えをしなければいけない。そんな高地を車が走っていること自体驚きだが、はたして肺と心臓が順応できるのかどうか。
 あの強いブラジル代表でさえ、ボリビアの首都ラ・パスでやるアウェイの試合だと、なかなかいいパフォーマンスを見せられず、引き分けがせいいっぱいなのは有名な話だ。
 ラ・パスは標高3650メートル。酸素が薄い富士山のほぼ頂上で試合をしているようなものなのだ。
 日程はこうだ。まず海沿いのリマからアレキパへ入り、1泊。標高2800メートルのこの地でゆっくり休み、翌朝出発。4925メートルの山越えをして、アルパカやビクーニャの遊ぶバンパを過ぎて、約3800メートルのチバイ村で再び1泊。そして、ほぼ同じ標高の渓谷へ、というものだった。わたしは肺も心臓も強くないので、そもそも緑内障の薬で、高山病予防に効くという薬・ダイアモックスを東京から持っていった。
 4925メートルの地点で、ヒュンダイのバンを降りてみた。すると、どうだ。1歩2歩歩いただけでも、全力疾走をするときのように心臓がバクバクしてくるではないか。ふうーー、すー、という感じで、大きく息を吸ってはいて、吸ってはいて、を繰り返しても、全然楽にならない。
 あわててバンの中に戻った。7、8分だけなのに、全身に一気に疲労が広がった。
 こんなとき効くのは、コカイン、もとい、コカの葉っぱとコカ茶である。
 コカインの原料となるコカの葉っぱをくちゃくちゃ噛み、ホテルのフロントでサービスしているコカ茶をがぶ飲みした。水もついでにガバガバ飲んだが、ひっきりなしに出ていた生あくびが収まってくるから、これが不思議だ。インカ帝国以前のプレ・インカの時代から飲まれていたという人類の英知、だが、日本に持ち帰りたいと思っても、最近の厳しい情勢では、靴やベルトまで脱がされるアメリカ入国で、まず見過ごされるはずがないのである、残念。






三沢順(みさわ・じゅん)