第33回 パリの迷想1 モウリーニョ

 気絶するようにベッドに倒れ、目が覚めたら深夜の1時半だった。フランス・日本の時差は8時間だから、日本の生活時間帯でいえば、朝の9時30分に起きたことになる。
 パンテオンやリュクサンブール公園、ソルボンヌ大学に近い、パリのカルチエラタン地区の狭く、高い、アメリカ系ビジネスホテルで12月1日未明、完璧に覚醒した。
 うわさには聞いていたが、パリは寒い。零下4度だ。シャルル・ドゴール空港の周辺では、薄くだが一面が雪化粧していた。さらに今週は寒くなりそうだ。今年はすでに凍死したホームレスが出たという。
 眠れないまま、今朝のクラシコのことを思い出していた。
 武蔵小杉駅7時9分の成田エクスプレスを乗るには、家を20分前に出なければならない。目覚ましを5時にセットして起きると、WOWOWで、スペインサッカー、バルセロナvsレアル・マドリッド「クラシコ」の真っ最中だった。結果は携帯で知ったが、5ー0とバルセロナの圧勝だった。
 パリで会った在仏20年の女性も、「昨日、なんかすごい試合でしたね」と、どこの国のどこのサッカー、という形容もはぶいて、この試合を評していた。
 いまだバルセロナからは「通訳」と馬鹿にされるレアル・マドリッドの監督モウリーニョは、敵役がよく似合う。マスコミとの全面戦争、審判批判から、故意の累積イエロー指示まで、ネガティブな話題には事欠かない。「この結果は悲しい。だが勝つ可能性がまったくない試合だった」が試合後のコメント。捨てゼリフの風味を漂わせるこの談話、何となくニュアンスが誰かに似ていないか。
 11月7日・日曜日夜の11時過ぎ、ナゴヤドーム。藤井が内野ゴロを打って、日本シリーズ敗退が決定、3塁側A席を誰よりも早くたった瞬間から封印していた痛みの記憶が、ようやく解かれようとしていた。
 「モウリーニョは要するに落合じゃないか」。パリの深夜に考えるには、しかもソルボンヌばかりか、ロラン・バルトやフーコー、メルロ・ポンティ、加藤周一たちが教えた国立高等教育機関「コレージュ・ド・フランス」から歩いて2,3分という「知の集積地」にせっかく来て、考えるにはあまりにバカバカしすぎるとはいえ、この説が気に入った。ますます目が冴えてきた。

三沢順(みさわ・じゅん)