第34回 パリの迷想2 ウォール街

 すき焼きをつつきながらの2時間に及んだインタビューを終えると、曇り空に粉雪が舞っていた。外は零下3度だった。
 繊細さと寛容さが長年仲良く同居した、その結果、穏やかさという解を得た、インタビュー相手の音楽家はそんな印象を与える人だった。彼は窓から見える粉雪を見ながら、「昨日、演奏旅行からパリに帰ってきたばかりなのに。33度の●●から」と、ため息をついた。通訳の女性もその瞬間、聞き取れなかった地名をあとで確認すると、どうやらカリブ海に浮かぶ島へ行っていたようだ。33ー(ー3)は36。過酷な温度差だ。
 日本に何度も来たことがある彼に、「今の日本で零下3度は、あなたが行った札幌より北の旭川と同じです」と言うと、「パリでもふつうこんなに寒くないよ」と笑った。
 あまりにも寒いので、パレロワイヤル近くのカフェで一服。フランスはレストランやカフェの室内がすべて禁煙になったので、この粉雪の舞い散るなか、テラス席に座り、タバコを吸いながらカフェをすする人がいる。
 VIN CHAUD(ホットワイン)と、GROG RHUM(ホットラム)をすすって体を温めながら、一息ついた。
 カルチエラタン界隈もずいぶん変貌したようだ。ホテルは、サン・ジェルマン大通りと、サン・ミッシェル大通りが交差する角の近く、ちょっと入った脇道にあるのだが、その近くに、パリの街並みには不似合いな「WALL STREET INSTITUTE」なるガラス張りの店舗を見付けた。中は明るく、子どもたちが遊んでいる。
 同行者の女性の説明によれば、その正体は、最近、地下鉄内などでも派手な宣伝をしている「英語学校」だという。若いときからきちんと英語を学んで国際人になりましょう……ということらしい。名前の「ウオール・ストリート」がおかしいではないか。「ウオール街」の名は、催淫剤のように、巨額の富や成功への欲望を想起させるようだ。
 最初にフランスに来たのは、2003年の夏の終わりだった。歴史的な猛暑で、1人暮らしの老人が次々と熱さで衰弱死している、と毎日テレビニュースで報じていた。医者もバカンス中で、人手不足だった。今年は厳冬だ。地下鉄通路にはホームレスが、毛布ごと倒れ込むように寝ている。

三沢順(みさわ・じゅん)