第35回 パリの迷想3 陰影礼賛

 東京の同僚からメールあり。曰く「テレビのニュースでシャンゼリゼ大通りのイルミネーションが映されていたけど、すごくキレイだったよ」。そうかそうか。ちょうど今日、仕事帰りに行かなくてはいかなかったところだから、それなら見ていこう。
 ナポレオンの大号令で19世紀初めに建設にとりかかったのに、1936年にようやく完成した「凱旋門」。フランス革命時にはギロチン台が置かれ、マリー・アントワネットが処刑された「コンコルド広場」。この二カ所を結ぶのが、シャンゼリゼ大通りだ。
 だが、間近で見ると、きらびやかで有名なはずのイルミネーションが、意外に地味な印象を与えるのにやや拍子抜けした。
 一言で言えば暗いのだ。マロニエの並木にからまった青い光は、夜の闇を照らすというより、夜の闇を効果的に深めているように見える。たぶん、これは私たちが表参道やら丸の内やら、神戸やらのイルミネーション、その圧倒的な光量に目が慣れているから、薄暗く感じるのではないだろうか。
 同伴の女性に聞くと、いまはなにはともあれ「節約第1」。この時期、ビルや街路を装飾し、美しく輝いていた派手なイルミネーションがどんどん減って、街全体が薄暗くなっているのだそうだ。東京の明るさに比べ、パリはたしかに暗い。「でも、ほんとうは日本が『陰影礼賛』の国だったはずなのにね」。
 たしかに、と思った。現実生活の場面においても、人間のパーソナリティの文脈でも、抽象的な思考の中でも、「陰」や「影」が本格的に放逐されていったのは、あのキンピカ80年だったのだろうか。そうだ、そういえば、次々と幹部を狙い打ちされ、山口組は潰されるのだろうか。妄想が駆けた。
 シャンゼリゼ大通りに来た目的は、イルミネーション見学ではない。買い物だ。店をようやく見つけ、中に入る。トレーナーやTシャツ、スタジャンに囲まれている店内を、奥に進んで聞くと、それは2階でといわれた。2階の受付で尋ねた。すると、英語で「どれにするか?」。「じゃあ、これ」「40ユーロです。パスポートを見せて」「はい」。
 女性はパスポートをチェックし、コンピューターのキーボードを叩いた。こんなやりとりを経てようやく入手した、私のパリ最初の本格的な買い物には、「MISAWA JUN」と名前が印字されていた。日曜の夜が楽しみだ。

三沢順(みさわ・じゅん)