第37回 パリの迷想5 赤い地区

「パリ20区 僕たちのクラス」という映画があった。いろいろな国からの移民が多く、人種が混じり合う20区の中学校を舞台にしたドキュメンタリーだ。今年、カンヌ映画祭のパルムドールを受賞した。
 20区は、パリ北東部の高台で、セーヌ川の北側だ。マグレブ(アラブ・アフリカ)からの移民が多い下町で、文学青年やアーティスト、映画監督らが多く育った地域だとか。
 一方、パリ19区は、19世紀に成立した世界初の労働者革命政権・パリコミューンが72日間で亡びる際に、最後の反抗の砦となった地区だという。
 このあたりは労働運動、協同組合運動の発祥地で、「パリでもっとも赤い地区」と言われているのだそうだ。そう説明する彼女は、70年代、新左翼運動の拠点となった大学で教えていたマルクス主義経済学者を父に持つ。
 なんの因果か知らないが、彼女につきあい、この夜は20区と19区の間にある、友人の新進デザイナーのパーティー会場ヘ。細い路地の坂道を何度も何度も行き来し、いつも見付けられるともわからない、駐車スペース探しに20分、ようやく車を停めた。
 白い息をはきながら、パーティを開く店へと入った。夫は有名な雑誌のフォトグラファーで、会場には彼が撮ったモード写真が展示されていた。当然、私にはあまり縁のない場所だ。手持ちぶさたでいると、日本へ2年行っていたという30代の男が近寄ってきて、突然、英語で難しい質問を放ってきた。「教えてほしいんだけど、オバケと妖怪はどこがどう違うの? いくら聞いてもわからないんだ」。me neither……。
 帰り際、1944年、ナチスドイツからのパリ解放を、先頭で闘った「北地区」の部隊をたたえる記念碑が目についた。革命と反革命、抑圧と解放を、過酷なまでにくり返してきた街なのだな、と実感した。


三沢順(みさわ・じゅん)