第39回 リスボン憂情1 シャルケ あるいは 自由と圏外

 パリのシャルル・ドゴール空港は、雪だった。11時前には、すでに北へ向かうヘルシンキ便などが欠航となっていた。13時20分発の「エア・フランス」リスボン行きは結局、2時間遅れで搭乗が始まった。
 ゲート近くで、やたらに騒いでいる背の高い集団があった。顔が赤くて、酒を飲んでいるのは一目瞭然。ドイツ人だ。そして、機内へ向かうときにやっと気づいた。
 彼らはこの日夜、リスボンのルイ・スタジアムで行われる欧州チャンピオンズ・リーグの「ベンフィカvsシャルケ04」へ向かう、シャルケのサポーターたちだったのだ。
 持っていたフランスのスポーツ紙「レ・キップ」で調べると、彼らが闘うB組では、すでにシャルケ04とオリンピック・リヨン(フランス)の勝ち抜けがほぼ決まっていた。ポルトガルのベンフィカはホームでの最終戦を待たずに事実上、敗退していたのだった。この雪の中、そんな試合を見るためにリスボンへ向かうドイツ人はかなりコアな人たちだろう。機内では堂々とビールを何本もお代わりし、気勢をあげていた。
 シャルケには、DF内田篤人がいる。すでに今季9点を叩き出したボルシア・ドルトムントの香川真司に比べると、日本での報道は少ないが、隣に座ったサポーターの女性は「グッドプレーヤーだ」とほめていた。
 試合開始は19時45分。リスボンでホテルにチェックインして、すぐタクシーで駆けつければ試合には、十分間に合う。ダフ屋もたくさん出るだろう。よし、リスボンの最初の晩は内田でも見に行くかーー。

 だが、チェックイン後に試みたネット接続で、いきなり思わぬ事態が発生した。
 簡単に言うと、ネットにはつながるが、VPN接続ができないのだ。結局、その日は2時間にわたって事態打開のために、電話し、人を呼び、また電話し、レセプションのインターネットで調べ、日本語を読み、英語を読み、今度は日本に電話し、とさんざんな時間を過ごした。すぐに連絡すべき日本の相手に連絡ができなかった。
 そうこうするうちに、試合への期待感と高揚感は消失し、気がつけばルームサービスでヴィーニョ・ヴェルデを頼んでいた。ああ、これしきのことでめげるとは情けない。
 そこで酔いつぶれるまで考えたことーー。
 私たちは生まれた瞬間から、巨大なデータベースに接続されている。成長するに従って、名前、生年月日、血液型などの基本データに加え、運転免許、クレジットカード、銀行口座が登録され、レンタルビデオ店で借りたビデオ、アマゾンで買った本、楽天トラベルで行ったホテルなど嗜好データも加わる。こうしたデータベースがもし結合されたなら、ある人間をかなり丸裸にできるような社会で生きているのだ。
 そうした現在に「自由」があるとしたら、どこにも接続されないように生きる「自由」ではなく、接続を一瞬でも打ち切る「自由」しかない。つまり「圏外」だ。「圏外」を人為的につくっていくという発想しかない。
 問題は、データベースにどっぷり浸かり、安逸をむさぼる私のような人間には、一時的な「圏外」の状態にさえ、不安を感じることだ。これは、自由からの逃走? しかし、あまりにも、ひ弱すぎる……。
三沢順(みさわ・じゅん)