第40回 リスボン憂情2 アローシュ

 リスボンは14年ぶりだ。
 「この街は98年の万博開催でずいぶん変わった」と出会う人たちは言うけれど、東洋からの短期旅行者にはわからない。
 石畳の坂道、迷路のような路地、市電、アズレージョ、ファドの夜、無愛想だが善良で間違いのないタクシー運転手、ヴィーニョ・ヴェルデ、イワシの塩焼き……何一つ変わらないように見える。
 不機嫌でよそよそしいパリから、じんわりと温かみのあるリスボンに移動すると、ホッとする。なぜだろう。まず、食があうこと。これが大きい要素なのではないか。
 在住者からこんな話を聞いた。
 彼は50歳。日本で知り合ったドイツ人の妻と一緒に10年前にリスボンへやって来た。知り合いがいたわけでもない。大きな広場の前にある安ホテルに10日間泊まり、妻と一緒に仕事を探し始めた。
 いい仕事を見付けた、いい条件だと思って実際に出向くと、仕事の内容がまるで違っていたり、責任者に話が通っていなかったり、ただの口約束だったりと、毎日そんなことの繰り返し。「情報」が、いかにこの国ではぼんやりとあてにならないものであるかを痛感した。夕暮れが近づくと、「なぜ、こんな国に来てしまったのだろう」と後悔した。
 「だけど」と彼は続けた。「夕飯を食い始めると、料理がうまい。それに安い。魚は新鮮だし、肉もおいしいし、『まあ、いいっか、明日いいことあるさ』っていう気分になるんだよな」

 今回の写真は、ひとつはイワシの塩焼きである。12月には、生のイワシはあまりないが、「あるところにはある」と連れて行ってもらい、食した。うまい。猫のように平らげた。太刀魚の塩焼きも食べた。これもうまい。「アローシュ・デ・ポルヴォ」と「アローシュ・デ・タンボリール」。アローシュはリゾットのことで、タコのリゾットと、あんこうのリゾットだ。これもうまい。言われるほど、塩辛くはなかった。食感が大嫌いなタマネギがすべて溶けていたのがうれしかった。もちろん、バカリャウ(干しダラ)もいける、言うまでもない。
 昼・夜と食べているうちに、じんわりとした幸せ気分に浸ってくる。次は何を食べよう。「まあ、いいっか」と細かいことを気にしなくなる。
 しかも、スーパーで白ワインを買っても、特売品は2ユーロしないのだ。円高の今なら200円ちょっと。こりゃいいわ。
三沢順(みさわ・じゅん)