その10 原子力の腹の中で

 本を読んでいてひきこまれている。次のようなことを考え始めている自分と出会うことがある。まれにだがある。
 索引を作ってみたくなってきたなあ。夢中で読んでいるこの本を、索引からのぞいてみたい。そういうことだ。買ったばかりのセーターの毛糸をほどいていく。初めの手作業、ほどきながら手から閃くことがあるに違いない。そんな感じ。
 そんな思いを抱かせているのが、『原子力の腹の中で』という本だ。小さな文字で並んでいる。サブタイトル。
「福島第一原発事故のあとを、私たちはどう生きるか」。
 著者は、中尾ハジメさん。
 この名前をすぐに思い浮かべる人は、70年代前後を熱く過ごした人たちだ。W・ライヒ『性と文化の革命』の紹介者であり、ヒッピーであり、ぼくにとってはポール・グッドマンというアメリカの思想家を教えてくれた。なによりも、自立と自律について生活の中で具体的に考えることを指示してくれた。どういうふうにしてメシをたべていくのか、とか。セックスについて。コンドームを使うということについても。
 その後、京都精華大学の教師を長く務めている。今年で65歳かしら。著者紹介がないが、たぶんそうだろう。70年初めに出会ったぼくたちは、ハジメさん、と呼んでいた。
 ハジメさんには、『スリーマイル島』という作品がある。米国・スリーマイル島で原発事故があり、その四ヵ月後に現地を訪ね、歩き、周辺の人たちの話に耳を傾け、原発事故、というものを素人として描いたものだ。30年も前の一冊だが古びていない。原発を生み出した世界とその社会に生きているぼくたちの関係を考えているからだ。古くも新しくもない。福島第一原発があって読み直し、そう思った。原発社会の前で佇み続けているのだ。
「二〇一一年のヒロシマ・デー、ナガサキ・デーに」というあとがきで、こう自分について語っている。
「三月一一日から二か月がすぎても、私は、他のことはほとんど手をつけられず、テレビと新聞とパソコンにばかり向かいあっていた。はたして、大切な意味があるのかも、ないのかもわからずに、消化できるはずのない記事、写真、映像を、くりかえし、くりかえし、見ていた。愚かなことだったが、どうしても、やめることはできない」

 ハジメさんを次のような人たちが囲む。
 山田慶兒(科学史家)、加藤典洋(文芸評論家)、深萱真穂(ジャーナリスト)、那須耕介(法哲学者)、斎藤友宣(京都市ごみ減量推進会議職員)、片桐秀一郎(地球物理学研究者)、黒川創・司会(作家)、北沢街子(画家、編集グループSURE代表)、滝口夕美・記録(編集グループSURE)。
 ぼくらは鯨ではなく原子力のお腹の中に住んでいるんだ。そのことを輪になって考える。話しておきたいこと。聞いてみたいことを口にする。5月22日に開かれ11時間に及んだ。その記録が一冊の本として、ぼくらの前に置かれたのである。3月11日から2ヵ月が経っている。その間に起こったこと。知らされたこと。隠されている。その理由は、どこにあるのだろう。テレビのニュースを引っ張り出し、原発開発の当事者たちの、その時々の会話を引っ張り出したり……。
 ハジメさんは、みんなの投げるボールを受けるキャッチャーのようであり、ときにピッチャーになって現代世界(原子力の腹の中で)というボールを投げる。原子力という怪物の胃袋をとぼとぼと歩き回る。歩き動く。
 ページをめくるにつれて、この本を索引からのぞいていみたくなった。そういうことです。団体を索引にしてみる。どういう団体が、世界の原発を操っているのか。支配し続けているのか。目で体で知覚できない放射性物質に少しでも近づいてみたい。福島を遠くから近くから見てみたい、と思った。

 アメリカ政府、具体的には「エネルギー省」(DOE)と「原子力規制委員会」(NRC)……DOEとNRCの委員長が記者会見をした。そこでは、こういうものを見せてくれるんです。2011年3月22日につくられた地図です(米エネルギー省は、3月15日には現地にスタッフを派遣し、3月22日には最初の測定結果を発表していた)。つまり、それより前に採られたデータで作ったものですが、飛行機が飛んで放射線を測定した跡です。こういうふうに、こまかく飛んで、高い線量を測定している。
 飛行機に乗っているのはNNSA、核(原子力)安全保障局、という核機密を守る部局で、DOEの下部組織。

 米国現地時間の3月26日午後9時に発表されるためにつくられたメモがあります。一番上にOfficial Use Onlyと書いてある。これは最新のデータに基づいてつくられた。福島第一原子力発電所の評価。査定の箇条書き一覧です。元になるデータは、INPO(米国原子力発電運転協会)というところと、GEH(GE日立ニュークリア・エナジー)、EPRI(米国Electic Power Research Institute)、潜水艦とか原子力空母の原子炉を管轄するNaval Reactors、そしてエネルギー省(DOE)。他にJAIF(日本原子力産業協会)、NISA(原子力安全・保安院)、TEPCO(東京電力)からの情報に基づいている、と書かれている。福島第一原発で測られたデータが、全部そこに行ってる。
 たとえば、spent fuel pool(使用済み燃料プール)の状況。——燃料は水で覆われている。海水はまだそこに注入されていない。このプールに入っている燃料は、all over 12years old. 12年物である。そして、そこから出る熱は非常に小さい。
 このように、肝心なことは全部書いてある。一号機から六号機までについて、こういう詳細なデータがまとまっている。
 どうして、こういうことが分かったのか。ハジメさんは話す。
 あるときこれが出たということを、民間のアメリカ人がキャッチした。4月5日のニューヨークタイムズに、こういう報告書があるぞと出た。これがさっそくインターネット上に流出した。
「事故の情報が日本の専門家に来るよりも先に、アメリカの人たちに伝わったということは確かだ。NRCがこれを発表するか、これに基づいて何か言うということがないと、日本の専門家にはこの情報が来ない」
 日本の新聞にはいまだ報じていない、とぼくは思う。

「線量がどれくらいで退避すべきかということですが、退避するというのは、常識的に考えると、恒常的にある線量じゃなくて、何かの事故で出てきた高い線量状態を想定して、回復期の防護目安が年間一ミリシーベルトから二〇ミリシーベルト。その間で、あとは適当にそれぞれで決めなさいということになっている」
 この限度値を決めているのが、国際放射線防護委員会(ICRP)。
「もともとのスタートは、放射性物質を扱うような人たち、キュリー夫人のような人たちがたくさん登場してくるわけです。その人たち自身が白血病になったり、ひどい目に遭うので、そこから守らなければならない。いってみれば、ヨーロッパの国際組織としてスタート。
 その後、X線が頻繁に使われるようになると、X線の技師たちがものすごく被曝することになる。とくに第一次大戦で、鉄砲の弾が身体のなかに入っているのを、かたっぱしから兵士をレントゲンで見たんだね。それで、レントゲン技師の間から、自分たちの被曝線量をおさえなければならないという声があがってきた。もちろん、そのときの許容線量というのは、今から考えたら、めちゃめちゃ高いんですよ。それをだんだん低くしたのが、ICRP。だから、もともとは、なかなかいい仕事をしているんだよね。
 それが、原子力産業が広がってくると同時にあやしいことをするようになってくる。そこの一つの基準を採用したんです。日本の法律のなかに採用している基準はここです。他に国際原子力機関(IAEA)がある。これはとんでもないところだけど、そこも適当にいろんな基準を決めている」

「ECRR、欧州放射線リスク委員会というのがありますね。内部被曝を考慮して基準を決めている」——という参加者の発言に対して、ハジメさんは応える。
「これは国家に認められていないが、おもしろい組織なんだよ。
 ECの下部組織ではなくて、コミュニティなんだ。ECができた時点では、グリーン派がかなり強かった。アメリカの、いわゆる原子力まわりの科学者の影響を受けていない連中が、やはりヨーロッパにはいるんだよね。その人たちが、とりわけ放射線について、政府でいうと厚生省にあたるもの、環境省にあたる、そういう組織が必要だという声が強かった。だけど、国家がどこもそれを認めなかった。従って、ヨーロッパコミッションというのかな、ECの下部組織にはなれなかった。コミッションはコミッションで、放射線についての下部組織は持ったんです。それと180度違う人たちが集まって、ECRRをつくっちゃった。これが圧倒的に民衆の支持を得ている」

 書き写しながら、【研究者】という項目も、という思いが強くなってきた。二人の人物について語っていく。
「ECRRのリーダー格の一人にイギリス人のクリス・バズビーという科学者がいる。この人が「ロシア・トゥデイ」というニュースの中でインタビューされている」
 ハジメさんを囲み、この場にいる人たちがニュース映像をみる。映像は4月25日のそれ。
「アナウンサー 今世紀最悪のものとなった福島の事故について、あまり広くメディアで浸透していない議論ですが、福島で起こった爆発の一つが、実は水素爆発でなく、原子炉の一つでの核反応が原因だったというのがあります。それが真実だったとしたら、まさか東電はそんな重大な事故を隠蔽したりしませんよね?」
「バズビー 私は東京電力がそれを隠蔽するということは、あり得ると思っています。原子力産業が二枚舌を使うことや、隠蔽することは、歴史的に常に続いていることです。いつでも彼らは情報を自分達の都合の良いことに変えています。私はおそらく格爆発があったと考えていますが、それは原子炉容器の方ではなく、使用済み燃料プールというタンクでの爆発だと思います。プルトニウムやMOX燃料が含まれているタンクですね。あのすごい煙を上げた爆発をビデオで見た人は、誰もがそれが水素爆発であるはずがないと思ったはずです」

「もう一人、アーノルド・ガンダーセンという人がいます」
 彼はアメリカで、フェアウィンズ・アソシエイツという私的な会社をやっている。毎週、Fukushima Updates——福島はこうなっている、というビデオ・レポートをホームページで更新している。
 ここでも、みんなで、同レポートのYou Tubeの映像を見る。
「あるとき、NRC(原子力規制委員会=前出)でミーティングがあり、NRCの委員が福島の現状についてスタッフからブリーフィングを受けた。そのスタッフが造ったレポートを、このガンダーセンが入手した。その報告を見てこう語った。ロデオという暴れ馬の背中に乗って、一生懸命抑えようとするけど、何回乗っても落とされる。福島はそういう状態だ」
「彼が言うには、おそらく、アメリカ政府、あるいは、軍はもっと情報を持っている。そこまで言うんだよね」
 この話は続いていくのだった。
「彼のもとに日本からメールが来たんだって。五月五日に、そのメールを書いた人の名前を、彼は『ドクター・サンジ』って言っていた。綴りをみると、Sajiなんだ。佐治悦郎という人なんだよ。彼は元原子力安全委員会の事務局をやった人。その人が自分の所にメールを送ってきたよって、ちょろっと見せちゃうんだ。そのメールの中身。これは佐治さんの文章です」
 英文を示し、日本語に訳す。
「気象状況がわれわれに味方してくれたおかげで幸運だった。——事故の、どんどんすごいことになっていく全過程を通じて、気象状況が幸いして、よかったと」
「佐治さんは、日本で公表されるようなところにはメールしません」と。ハジメさんの口調は強くなった、と思う。それとも、苦笑いか。
 次のメールを紹介していく。
「福島第一原発の三号機の、最もひどい水素爆発(ドクター佐治は水素爆発と言っているけど)と、その後の大量放出のとき——その大量放出は、ヘビーな土壌汚染を起こすに違いなかった——あのときでさえも、ラッキーだった。風が海にむかって吹いてくれていたから」「陸側に吹いていたら、ひどい土壌汚染になったほどの大量放出」
 これをドクター佐治はばらしちゃった。あの爆発で燃料プールからどれくらい核物質がふき飛んでしまったかということは、誰も言っていない。爆発はあったということしか言っていない。
「なんで深刻かっていうと、原子力安全委員会というのは、日本国民に向かっている組織だろう。佐治さんは、元原子力安全委員会の人だから、今の委員会についての責任はないかもしれない。でも、なんでガンダーセンには言って、俺たちにはこういう言い方をしないの? 僕は、これがショックなんだよね」
 口ひげに手をやりながら話しているのかしら。シニカル、に。それとも、だからこそ、こういうメチャクチャな原子力の腹のなかに、ぼくたちはいるんだよなあ。自分で確認するように言ったのかしら。ぼくには、それがひとつのものとして伝わってくる。


「原発事故を前にして、私たちが何を言うことができるのか」(第一章)までの索引である。「核という不全技術が生んだ、管理と隠蔽の社会」(第二章)、「一つの言葉によって隠される、もう一つの言葉」(第三章)がある。そこに、「原子力帝国」ということばと出会った。『スリーマイル島』を出したとき、ハジメさんが使った表現だったという。
「そのことを言った人は、ロベルト・ユンクという人なんだ。ロベルト・ユンクが『原子力帝国』という本を書いたときの一番の中心の問題は何かというと、原子力は、結局は核兵器に結び付くような世界だから、仮にそれが原子力発電であっても、これは絶対に秘密を保持しなきゃいけない世界になるし、結局ある種の国際的な敵対関係にエスカレートするようなものになるしかない。そういう社会は、強烈な管理社会になるしかないよ、と言った」

 今朝の朝刊を開いてみた。10月13日の朝日新聞である。見開きの社会面だ。
「福島米 出荷できても…農家・業者 売れ行き懸念」
 大きな見出しが飛び込んでくる。水田をみつめる農家の男性の後ろ姿の写真が大きい。隣の第二社会面には、防護服の作業員の写真がある。「福島第一原発、震災後初の防災訓練」という。「茨城のシイタケ基準超セシウム」「宮城の米ぬかも」と小さな見出し。

 版元は、京都のSURE。流通の取次は通していないので、075-761-2391(電話)075-320-1799(ファックス)に。小さな京都の出版社です。238ページの大きな大きな本です。京都から東京に、全国に飛び散っていって欲しい。

*編集グループ〈SURE〉HP→http://www.groupsure.net/index.html

中川六平(なかがわ・ろっぺい)