第4回 ダージリンのファーストフラッシュ(初摘み)を味わう

×月×日 京都の亀山で起こった、無免許の少年が運転する自動車が通学中の小学生の列に突っ込んだ事件は悲惨だった。警察署が容疑者の父親に被害者の情報を教えたと思ったら、被害者が通う小学校の教頭先生も容疑者側に教えていたという。日本では、まだまだ個人情報を守る意識が低いのか。 
 一部の新聞にしか掲載されなかったが、大阪で不倫関係にある小学生の先生が、教室で性行為をしたと教育委員会が発表した。男性教諭の妻が、「おかしい」と学校に通報して発覚したらしい。当の二人の先生は、すでに退職したという。
 しかし、二人はどうしてそんな性行為の場所まで明かしたのか。個人情報の中でも、プライバシーの最もプライバシーの部分だ。道義的な責任はあるが、刑事事件ではないから警察が調べたわけではないだろう。教育委員会の聞き取りらしいが、捜査権のない機関(例え、上司であっても)そこまでしゃべる必要はどこにもない。
 まだまだ、「お上のいう事は絶対」というか、官尊民卑の風潮があるようだ。民のほうにも「守る意識」が身についていないと言える。西洋的な「個人主義」が、身についていないのだ。
 そこで心配になるのが、国会で審議される予定の「マイナンバー制度」だ。かつては「国民総背番号制度」と言われ、不評だった「住基ネット」に、低所得者に給付金を支払う社会保障や医療、年金など、給付と負担を公平にするためという大義名分がある。「背番号」というイメージを嫌って、「マイナンバー」などと、曖昧で老人には分かりにくい外来語を持ち出してきた。個人情報の侵害を恐れ、違反者には罰則も設けられるが、国民の意識も重要だと言いたい。
 亀山暑の警部補も小学校の教頭も、「あまり深刻に考えず、ついうっかりして」個人の判断で漏らしたのだろう。「うっかり」というのは、意識が薄かったということだ。
 たしかに、行き過ぎた「個人情報至上主義」の傾向があるのも事実だ。なんでも隠せばいいというものではない。しかし、電話番号程度くらいなら構わないという意見もあるようだが、被害者の感情や立場を考慮しないで、公的な権力が一方的に加害者側に通知したのが問題なので、電話番号程度といった話ではない。容疑者側が謝罪の意を表したい、ということとは別問題ではあるまいか。
 それに加えて、漏らさなくてもいい自分の個人的情報を漏らしてしまうカップルの意識も改革されなければ「マイナンバー制度」が定着するかどうか、きわめて疑わしい。経済的効率と税負担の公平を考えれば制度の導入は自明の理なのだからこそ、国民の意識改革が求められるのだ。

×月×日 身体の一部に変調があるのを、家人に指摘されたので、近くの開業医に飛び込んだ。簡単な診察の結果、紙に書いてくれた病名は「●膜下出血」。
 ●は糸へんに吉。つまり、眼球の白目の部分が真っ赤になっていたのだ。もっと、難しい字(2字だけど)を想像したでしょう。自覚症状は全くない。ネットで調べたら、周囲の人の指摘で見つかるとのこと。放置しておけば、自然に快癒するとあった。
 原因は加齢と常用している抗血液凝固剤の副作用と考えられる。この薬の副作用は、ちょっと硬いものに当たっただけで皮膚が傷ついて、内出血を起こすので、よくわかっている。それらは薬剤の副作用として記されているが、結膜下の出血までは教えてくれなかった。突然、目が真っ赤になったのでは、びっくりする。薬剤の副作用にまで、考えが及ばなかったほうが悪いのだろうか。

×月×日 立川談志の『遺言』(講談社)を読む。「週刊現代」に連載された「立川談志の時事講談『いや、はや、ドーモ』」を抜粋、再構成したもの。絵は山藤章二さんで、「まえがきにかえて」の中に、次の文章がある。
<談志という男は常に自分の意見を言いたいのだ。「持ったが病(やまい)」というやつで、日常の会話の中でも、古典落語の中でも、自分の哲学や美意識をしゃべらずにはいられない。世間一般の常識や予定調和的言論には異を唱える。
 談志ファンにはそこがたまらないのだ。>
 さすが落語立川流顧問の肩書を持つ山藤さんだけに、立川談志の本質をずばりと衝いている。

×月×日 フレンチの名シェフ、堀田大さんから、ダージリンのファーストフラッシュ(新茶)をいただいた。輸入元は、「リーフル」。堀田流のチャイの作り方を紹介する。チャイはアッサムの方が特徴を活かせるようだ。
 お湯200ccにアッサム紅茶を8グラムと牛乳200 ccを入れ、軽く沸騰させながら3~4分煮込んで、漉す。好みで、カルダモン、シナモン、クローブなどを入れても楽しい。冬なら、ショウガ片を少し入れると、風の妙薬となる。

×月×日 ゴールデンウイークの初日、金沢から東京のディズニーランドへ向かう夜行バスが、防音壁に激突した事故は、運転手の「居眠り」が原因だろう。居眠りと言っても、僅か1秒もないはずで、一瞬の「眠気」というか気の緩みが、「眠り」を誘ったに違いない。
 乗客の証言による休憩時間中、ハンドルに突っ伏して眠っていたというのは、別に問題にすることではない。
 道路はまっすぐ。車の通行量も少ない。対向車線とは、分離されている。車内はひっそりと静まり返っている。時は夜明けが近いかわたれ時、目的地まであと少しという安堵の気持ちと同時に疲れも起きてくる。
 眠気を催した運転手の運転は、他の車から見るとわかることがある。プロゴルファーで漫画の原作者として知られる坂田信弘さんから聞いた話だ。成田からシャトルバスで都内へ向かっている時、バスの運転手は前を走っているトラックの様子がおかしいことに気付いたという。
 追い越しぎわにクラクションをファーン、ファーンと二度ほど派手に鳴らしたら、当のトラックの運転手は、「有難う」と手を振ったというのである。どこまで本当かは分からないが、ありえない話ではない。
 問題は、やはり3,500円という料金の安さだ。45人で16万円足らず。企画した旅行会社や介在する代理店の手数料、高速道路の通行料金やガソリン代などの必要経費を除いたら、運行したバス会社の利益や運転手の給料など、ほんのわずかしか残らない。
 運転手の報酬は一万円だったという情報もある。経験の浅い運転手を雇うのは当然だろう。交代要員を乗務させる余裕はとてもない。常勤ではなく、非常勤の雇用形態は法律に違反する。
 さらに逮捕された運転手は、日本語もあまり上手ではない元中国人だったというのも、悲しい話だ。日本の高速道路運転、というより日本の運転事情そのものに不慣れだった気がする。運転技能の優劣というよりは、大げさに言えば、日本と中国ではモータリゼーションそのものに差があり過ぎる。
 誤解のないように断っておくが、中国の運転免許を取得するには、かなりの訓練を受けなくてはならない。単なる運転技術だけでなく、整備や修理の知識と技術も要求されると聞いた。
 日本語があまり堪能ではない人が大型二種免許を取得できた日本の免許基準が甘かったのかもしれない。「一人で東京へ行くのは不安だ」と、バス会社の社長に漏らしたと伝えられているが、これも悲しい話だ。
 東海道新幹線で東京から熱海まで、自由席で行くと、片道で、3570円だ。金沢からJRで、東海道線経由か上越線経由にしたら、相当高額になる。飛行機にしたら、もっと大変だ。乗客の多くは、「安全」に多少の不安を抱いていても、「安価」の魅力を選択したと言っている。
 これぞ、「デフレ化社会」と「較差社会」の典型的な例だろう。安い料金のツアーをネットで探すというのも、時代を見事に象徴している。(12・5・11)

重金敦之(しげかね・あつゆき)

1939年東京生まれ。元朝日新聞社編集委員。「週刊朝日」編集部在籍時に池波正太郎、松本清張、結城昌治、渡辺淳一など多くの作家を担当した。大学教授を経て、文芸ジャーナリスト。食の分野にも造詣が深く、料理に携わる人たちからの信頼も厚い。日本文藝家協会、日本ペンクラブ、食生活ジャーナリストの会、各会員。『すし屋の常識・非常識』(朝日新書)のほか、『作家の食と酒と』『編集者の食と酒と』『愚者の説法 賢者のぼやき』(いずれも左右社)。最新刊に『食彩の文学事典』(講談社)、『ほろ酔い文学事典』(朝日新書)。