第5回 江戸料理、初鰹に浦里、鴨のつくね鍋

×月×日 北原亞以子さんから、『慶次郎縁側日記 あした』(新潮社)の恵投を受ける。心臓の大手術を受け、二度三度と心肺停止の状態に陥ったという。加えてリハビリ中に大腿骨を骨折するなど、生死の境を越えてカムバックされた。まさに慶賀の至り。

×月×日 日本吟醸酒協会主催の「2012吟醸新酒祭」が東京交通会館の「ダイヤモンドホール」で。加盟49社の蔵元から、それぞれ数種の吟醸酒が出品された。
 なかには3年間、氷温で熟成された高級酒(福井県勝山市・一本義「一朋」)もあった。味はきわめてまろやか。
 吟醸酒とは言え、昨年の米で作られた「新酒」だから、まだ落ち着かずに、口の中で音を立てて、弾けるような感じがする酒もある。蔵元の方針ひとつだが、しばらく寝かしてこなれた後に出荷するところが多い。何年間、寝かせるは、蔵元の経営哲学と日本酒観だが、飲む方の好みも当然影響する。
 「斗瓶(とびん)取り(斗瓶囲い)」を標榜する蔵元が目についた。「吟醸荒走り」という、名前も目についたが、やはり吟醸と荒走りは、なじまないような気がする。
 また若者に迎合するわけではあるまいが、「スーパー」とか「ドラゴン」、「ささやき」、「ヴィンテージ」など、今風の名前も目についた。
 東北大震災の被災地からも宮城県石巻市の日髙見や、岩手県大槌町の浜娘、茨城県常陸太田市の久慈の山、大洗町の月の井など、40社以上の蔵元が特別に協力出品していた。復興の兆しが見えるのは、力強い限りだ。

×月×日 弁護士というより、ワイン研究家として名前が知られる山本博さんから、『東京おいしいワインバー』(イカロス出版)が送られて来た。東京のワインバーだけを紹介して、ガイドブックとしてまとめられた書はなかった。
 だいたい「ワインバー」という定義も定かではない。生存競争が激しく、有為転変が激しい業界だから、開店していっとき話題になっても、いつの間にか消えてしまう。本書に登場する店は、しっかり定着して、固定客をつかんでいる店が多い。
 私が行くところで、本書に取り上げられていない店を2軒紹介しておく、
◇「わいん厨房たるたる」(店主=伊藤博之 中央区銀座7-12-6 電話03-5565-9898)
◇「祥瑞(しよんずい)」(店主=勝山晋作 港区六本木7-10-2 電話03-3405-7478)
 最近は、酒屋の立ち飲みだった「角打ち」にもワインが登場し、人気になっているそうだ。

×月×日 『宮中のシェフ、鶴をさばく』(吉川弘文館)を読む。著者の西村慎太郎さんはまだ30代の新進の学者。
 鶴は古くから「長寿の霊鳥」として、あがめられ保護されてきた。鷹狩りの対象にもなり、初猟の鶴は特に珍重された。江戸末期には、乱獲がたたり、日本ではその数はめっきり少なくなり、保護鳥となった。同時に鶴を食べる文化は消滅した。
 公家の社会では、正月に「鶴庖丁」という儀式が行われていた。残された文献を博捜して、消滅した「食文化」を追究しているが、今風に、シェフ、とかメニュー、コース料理などと外来語をつかえば良いというものでもなかろう。著者の食に対する愛着が見えてこないのが惜しまれる。

×月×日 和食料理店「分とく山」の店主、野﨑洋光さんと私の共著『池波正太郎の江戸料理を食べる』(朝日新聞出版)の刊行に因んで、ワイン仲間と「分とく山」へ。
 先ず突出しの意味の「座付き肴」は遊郭の朝食から生まれたと言われる「浦里」に、鯵の干物と根三ツ葉のお浸し。鰹の湯霜は江戸風に和辛子で。
 「お椀」は五三竹(ごさんちく)と若布の新茶仕立て。「若竹」も、ちょっと季節が過ぎたので。「造り」は鰈(かれい)、焼き目を付けた鮎並(あいなめ)、叩いたオクラを載せた雲丹、生湯葉に山菜のコゴミ。
 鬼の平蔵こと、『鬼平犯科帳』の長谷川平蔵が好む「五鉄」の軍鶏(しやも)鍋に範をいただき、鴨のつくねの「小鍋立て」を野﨑さんが用意してくれた。「小鍋立て」の極意は、食材の種類を出来るだけ少なくすることだ。
 牛蒡(ごぼう)の笹がきと長葱(ねぎ)だけ。
 食事は名残(なごり)の筍ご飯。
 すべてに欠けるところのない充実した食事だった。一刻を江戸時代の「池波ワールド」に遊ぶことができた。(12・5・18)

重金敦之(しげかね・あつゆき)

1939年東京生まれ。元朝日新聞社編集委員。「週刊朝日」編集部在籍時に池波正太郎、松本清張、結城昌治、渡辺淳一など多くの作家を担当した。大学教授を経て、文芸ジャーナリスト。食の分野にも造詣が深く、料理に携わる人たちからの信頼も厚い。日本文藝家協会、日本ペンクラブ、食生活ジャーナリストの会、各会員。『すし屋の常識・非常識』(朝日新書)のほか、『作家の食と酒と』『編集者の食と酒と』『愚者の説法 賢者のぼやき』(いずれも左右社)。最新刊に『食彩の文学事典』(講談社)、『ほろ酔い文学事典』(朝日新書)。