第8回 はまぐりのスープ 真鯛のオーブン焼きプロヴァンス風 ブレス産ほろほろ鳥モリーユ茸風味のソース

×月×日 漫画家の千葉督太郎さんが、3月14日、敗血症で突然に亡くなった。2,3日前まで元気に仕事していたとのこと。私より一つ若い。初めて会ったのは、お互い20代だった。50年近い付き合いになる。「週刊朝日」では、野坂昭如さんの連載エッセイ「窮鼠の散歩」のイラストレーションなどで、活躍した。漫画は一コマもの(カツーン)とコマ漫画(コミックス)に大別されるが、一コマ漫画の普及と隆盛にすべてを傾注した「一コマ至上主義者」だった。
 酒の席から他人の靴を間違って履いて帰ったことがある。夜遅く突然電話が掛かってくる。寂しがり屋だったのだろう。小島功さんも、同じような挨拶をされていたが、翌朝になると、何のために電話してきたのか、よくわからなかった。
「偲ぶ会」が銀座の三笠会館で行われた。秋竜山、クロイワ・カズ、古川タク、草原タカオ、クミタリュウ、おおさわ匡など懐かしい顔が揃った。
 会誌の「主人と仲が良かった。博学で人間として魅力ある人でした。好きなことを生業にでき幸せな人生だったと思う」という信子夫人のことばが泣かせる。

×月×日 別に気取って言うわけではないが、地デジテレビの夜の番組は、ほとんどといっていいくらい見ない。若いタレントが悪ふざけしているとしか思えない番組が多い。
 NHKの夜7時からのニュースは、たいがい見る。習慣というか、惰性かもしれない。月曜日から金曜日までは、終わるころに天気予報の岡村真理子さんが出て、「こんばんは」と口角を横にして挨拶してから始まる。すると、武田眞一アナも「こんばんは」と答える。これは、おかしい。岡村さんは、テレビを見ている視聴者に向かって、挨拶をしているのだ。武田アナに言っているのではない。
 岡村さんも武田アナが返事をするものだから、どうしてもそっちを向いて話をするようになる。二人の掛け合いになってしまう。土、日の小郷知子アナと寺川奈津美さんの場合はそんなことがない。細かいことだが、ディレクターなりプロデューサーは、どうして気が付かないのだろう。そんなことを気にするこちらがおかしいのか。

×月×日 東急大井町線の緑ヶ丘駅前にあったすし屋「初代渡邉淳一」が東横線の祐天寺駅前に移転した。経営者夫人の母上が、渡辺淳一さんの大ファンとかで命名した。緑ヶ丘は渡辺さんの自宅に近かったから、しばしば顔を見せたようだが、引っ越してからはまだ見えていないとのこと。アイナメ、赤貝、青柳、コハダ、鯵の握りに干瓢巻き。新しいすし屋の内装は、どんどんモダンになっていく。モダンというよりは、「板前割烹化」というべきかもしれない。

×月×日 震災のがれき処理は、遅々としてでも進んでいるのだろうか。群馬県の桐生市で岩手県宮古市から運ばれてきた試験焼却用の搬入に反対する一部市民が、トラックを取り囲んで抗議の行動をとった。彼らが掲げる段ボールには、次のような言葉が書かれていた。(毎日新聞5・27朝刊)
「宮古はがれきを持ち帰れ」
「桐生はこれ以上放射能はいらない」
 日本人は、いつからこんな思いやりの無い国になってしまったのだろう。「地域エゴ」と言う言葉があるが、震災に遭った宮古の人たちに思いを馳せれば、普通の神経ならこんなひどい言葉は出てこない。
 それこそ「高みの見物」で傍観者的発言と非難されるかもしれないが、とても許すわけには行かない言葉だ。反対運動で逮捕者まで出た北九州市の例もある。
 いつから日本の文化が変わってしまったのか。お笑いタレントの母親が生活保護を受給していた問題にも共通している。タレントが所属している吉本興業の、「プライバシーの侵害で、悲しい」とか、「受給に関して瑕疵(かし)は無かった」などというコメントを聞くほうがよほど悲しい。上場企業の社会的責任がまったく感じられない。
「貰えるものは、貰わなくては損」という文化は、今まで日本になかった。ちょっと周囲を見回せば、「自分だけが良ければ、ほかも良し」で、すべて通用することなんかありえない。それが、世の中というものなのだ。

×月×日 東京駅の改装にともない東京ステーションホテルが、9月に開業する。同系の飯田橋のホテルメトロポリタンエドモントのメインダイニング「フォーグレイン」は、中村勝宏シェフ(現ホテルエドモント名誉総料理長)が創り上げたフランス料理で知られ、「美食の殿堂」ともいうべき存在だった。ステーションホテル開業に合わせてスタッフの異動といった事情もあり、6月で幕を閉じる。「ゴブラン会」の賞味会は期せずして「フォーグレイン サヨナラ会」になった。
「ゴブラン会」は料理人と生産者、食べる人の三者が、食文化の発展に寄与しようというユニークなネットワークだ。会長は、中村勝宏さん。洞爺湖サミットでは、料理関係の総指揮を執った。会が創設されてから早くも20年が経つ。
「フォーグレイン」シェフの石原雅弘さんは、上司だった中村勝宏名誉総料理長に若くしてその天性を見抜かれて抜擢された。東京ステーションホテルの総料理長に就任する。
 帆立貝とタラバ蟹のサラダ、ハマグリのスープ、真鯛のオーブン焼き、ほろほろ鳥とモリーユ茸、チーズと満腹。
 隣席の磯村尚徳氏から、「『フレンチ』という言葉は、アメリカでは差別語だから、きちんと『フランス料理』というべきだ」との持論を展開されたが、日本では、受け入れられないだろうな。

×月×日 渋谷の「ヒカリエ」で開かれている「北齋漫畫」展を観る。葛飾北齋は、日本のジャーナリズムのビジュアル史に燦然と輝く功績がある。
 いろいろと奇行が多く、まだ解明されていない謎が多い。それだけに貴重なユーモア精神が、今なお新しい感覚で受け入れられている。謎が明かされてしまえば、どうしても面白くなくなる。

×月×日 「週刊文春」(6月21号)のスクープ、「小沢一郎、妻からの離縁状」が、静かな話題だ。テレビのワイドショーが全く追いかけない。毎日新聞の山田孝男編集委員がコラム「風知草」(6月18日朝刊)で鋭く指摘している。
 小沢系の国会議員から、「この問題を取り上げるなら、もうオタクの番組には出演しない」と民放各局に圧力を掛けたというのである。となると、やはりテレビメディアは、電波権を握られている弱みがある。結局、民放のワイドショーは、「弱いものイジメ」には精を出すけれども、「長いもの」には巻かれろ、という存在にしか過ぎないことになる。
 だけど一部の国会議員が「出演拒否」したからって、痛くもかゆくもないと思うけれどもなあ。
 山田孝男氏は、次のように書く。
「この暴露は確実に小沢一郎の求心力をそぐだろう。同時に、過去四半世紀、日本政界の台風の目であり続けた政治家の評価を見直す上でも重要な文書になるのではないか」
 そんな「重大」なことなら、他人事(ひとごと)みたいに突き放さないで、新聞だって堂々と「後追い」をすればいいのだ。「週刊文春」を読んでいない人は、何が何だか、さっぱりわからない。
「週刊文春」は売り切れたようだが、一説には、「AKBのさしこ(指原莉乃)の男性問題」の記事が、読まれたからだという。確かにその影響もあったろうけれども、日本の国政には関係がない。
 ひさびさに、週刊誌ジャーナリズムが健在だ、ということを見せてくれた。(12・6・23)


重金敦之(しげかね・あつゆき)

1939年東京生まれ。元朝日新聞社編集委員。「週刊朝日」編集部在籍時に池波正太郎、松本清張、結城昌治、渡辺淳一など多くの作家を担当した。大学教授を経て、文芸ジャーナリスト。食の分野にも造詣が深く、料理に携わる人たちからの信頼も厚い。日本文藝家協会、日本ペンクラブ、食生活ジャーナリストの会、各会員。『すし屋の常識・非常識』(朝日新書)のほか、『作家の食と酒と』『編集者の食と酒と』『愚者の説法 賢者のぼやき』(いずれも左右社)。最新刊に『食彩の文学事典』(講談社)、『ほろ酔い文学事典』(朝日新書)。