第9回 初めて食した「オーボリ(たまご茸)」と「乳呑み仔牛」

×月×日 また「週刊文春」がやってくれました。原辰徳巨人軍監督のスキャンダルで、過去の女性問題を握られた暴力団関係者に一億円を払っていた、というのだ。
 読売新聞側は、金を払った相手は暴力団(反社会的勢力)ではなく、原監督のプライバシーを侵害した名誉棄損に当たると強弁している。女性問題をタネに一億円を脅し取る連中が、一般人であるとは考えられない。
 しかもニュースソースは、係争中の清武英利元代表だと名指しした。これはおかしい。メディアの内部抗争は、なんら免罪符とはならない。「反省する」と述べた原監督も、「清武さんへ」という文章を発表したのでは、真から反省しているのか、疑問に思えてくる。
「確かに一億円は払いました。黙っていたら誰もわからなかったのに、昔同じ会社にいて解雇された不満分子が、出版社に漏らしたために表に出てしまったのです。悪いのは不満分子のほうです」と開き直っているようなものだ。
 かといって、別に清武氏の肩を持つわけではないけれども。それにしても読売新聞の説が事実だとすると、この清武氏は相当粘着質の強い御仁と見受けられる。こういう上司の下では働きたくないし、部下にも持ちたくはない。

×月×日 久しぶりに日比谷の「慶楽」で「スープチャーハン」。昭和53年に、失火から全焼するが、新聞社が有楽町にあった時代から、よく昼飯を食べに行った。その頃は、スープチャーハンなんか、無かったような記憶がある。たいがい「牡蠣油牛肉かけご飯」か「海老焼きそば」と「水餃子」だった。香辛料の使い方が独特で、他の中国料理とは一味異なっていた。どこかベトナムあたりの影響を受けていたのではないかと、思ったものだ。
 先代は広東省の順徳出身で、昭和25年の開業だという。吉行淳之介や池波正太郎、開高健などがしばしば顔を出した。吉行淳之介は、よく帝国ホテルに泊まっていたので、隣のパチンコ屋経由でよく来た。たまには女性店員に戦利品をお土産にすることもあったそうだ。
 池波正太郎の「銀座日記」にも登場するが、一緒に入ったことはない。レジの横に池波正太郎の写真が、所在なさ気にある。飾るでもなく、打ち捨てられているわけでもない。もしかしたら、処置に困っているのかもしれない。
 スープチャーハンは塩味が強すぎるので、今回は少し薄めに仕上げてもらった。そんなご大層な食べ物ではないけれども。

×月×日 今最も元気のあるイタリア料理の店、南青山の「プリズマ」へ。広尾の「ペルゴラ」のシェフ、斎藤智史さんが今年になって出した店。前菜とパスタが5種にメイン、デザート。
 幻の茸といわれる「オーボリ(たまご茸)」に初対面。カルパッチョの上に乗っていた。生で食する。まだ、開く前の段階にもかかわらず、傘の赤い色が強烈。大きく開くと、毒性のあるベニテングタケに良く似ている。
 ディズニーの「白雪姫」に出てくるようなキノコだ。イタリアからの輸入品とのことだったが、日本では、岩手県や北海道でも採れるらしい。流通ルートに乗っているかはわからないけれども。
 メインは乳呑み仔牛のサルターテ。火の通し加減が精妙だった。

×月×日 築地市場の豊洲への移転騒ぎも、大勢は移転になびいているようだ。調べものがあったのと、カメラマンの早川哲さんが写真を撮るというので、築地の資料室「銀鱗会」へ。久しぶりに場内に行ったら、外国人の多さにびっくり。聞いてはいたがアジア系ばかりでなく、目の青い人たちも目についた。

×月×日 テアトル銀座で、GINZA落語会。柳家権太楼の「火炎太鼓」、五街道雲助の「お菊の皿」。トリは柳家さん喬の「唐茄子屋政談」。
「火炎太鼓」は古今亭志ん生が有名だが、権太楼も負けてはいなかった。権太楼の芸は、出来るだけ舞台の近くで観るに限る。独特の顔の表情と身体の仕草がよくわかる。折しも前から二列目の席だったので、堪能できた。
 さん喬の「唐茄子屋政談」は品の良い破調を交えた端正な話法で、叔父の甥に対する思いやりをさりげなく表出するところは、やはり得難い才人だ。

×月×日 朝日新聞の日曜日に連載されていた「おかず練習帳」の後半が『続・おかず練習帳』(朝日新聞出版・1300円=税別)として刊行された。こういう本を参考にして、料理を食べるだけでなく、作ることにも興味を持ってもらいたい。それが、まっとうな「食育」というものだろう。
 本文のフォントが大きいので、年配者でも読みやすい。近ごろのエディトリアルデザイナーは、やたらと文字を小さくしたがるのは悪しき傾向だ。元凶は杉浦康平氏あたりからか。(12・6・29)


重金敦之(しげかね・あつゆき)

1939年東京生まれ。元朝日新聞社編集委員。「週刊朝日」編集部在籍時に池波正太郎、松本清張、結城昌治、渡辺淳一など多くの作家を担当した。大学教授を経て、文芸ジャーナリスト。食の分野にも造詣が深く、料理に携わる人たちからの信頼も厚い。日本文藝家協会、日本ペンクラブ、食生活ジャーナリストの会、各会員。『すし屋の常識・非常識』(朝日新書)のほか、『作家の食と酒と』『編集者の食と酒と』『愚者の説法 賢者のぼやき』(いずれも左右社)。最新刊に『食彩の文学事典』(講談社)、『ほろ酔い文学事典』(朝日新書)。