第12回 ヒラメとウイキョウのカルパッチョ、ウニの冷製パスタ、仔牛のサルティンボッカ

×月×日 例年通り、秋刀魚(サンマ)漁が解禁となった。最初は小型の船で、近海を一種の「露払い」みたいに回る。それにしても、今年は例年にない天候の不順によるものか、遠くまで足を伸ばしたようだ。小型で、値段も一尾1,000円くらいまで 上がったようだ。もうしばらく待っていると、型も大きくなり、値段も下がるのに。好事家は、それが待てないのだ。
 近所のスーパーの鮮魚売り場を除くと、昨年の冷凍物が並んでいた。もちろん「冷凍」とは断っているが、なかには「新物」と思って買う人もいるだろう。

×月×日 学芸大学の「鮨処 小倉」へ。 コハダの新子 名残のトリガイ、鯛など。今年は珍しくトリガイが春になるとすぐに出て、長期間楽しめた。これが最後だろう。

×月×日 6月にメキシコで開かれた「料理学会」に参加した、パリ在住のフード・ジャーナリスト、相原由美子さんから、こんなメールが届いた。
 メキシコシティの一、二を争う名店で、出された料理です。コースの前半に出て来ました。卓上に置いてあるソースを掛けて、食べました。なにか当ててください。

 白インゲン豆のトルティーヤと考えるのが、常識だろう。答えは「エスカモレス」。言われたって分からない。ある種の蟻(アリ)の卵で、「メキシコのキャビア」といわれる高級珍味らしい。キャビアを名乗るにしては、大きすぎる。
 初めて知りました。日本の蜜蜂の幼虫やフィリピンや東南アジアの一部で食される「バロット」(孵化寸前のアヒルのゆで卵)と並んで、世界の奇食、怪食のベストテンにランクインするだろう。
 その昔、中国の杭州で蟻(成虫)の入ったお菓子を食べたことがある。とりわけ美味しいものではなかったけれども。
 相原さんは、食べてからお腹の調子があまり良くないそうだ。まさか蟻がお腹の中で孵化しているわけではないだろうが。

×月×日 東急大井町線「緑が丘」駅前のイタリアン「コルニーチェ」へ。ヒラメとウイキョウのカルパッチョ。青森産ウニの冷たいパスタ。仔牛のサルティンボッカ。
 サルティンボッカは、叩いて薄く伸ばした仔牛肉を生ハムでくるんで、ソティした北イタリア料理。生ハムは日本の鰹節に通じるところがあって、素材の味を引出し、また味を加える要素を備えている。生ハムに含まれている塩分が微妙に作用する。
「コルニーチェ」の料理は、すべてにフランス料理に通じる北イタリア特有の繊細さをそなえている。奥さんのサービスも出過ぎず、かといって引っ込むわけでもなく、バランスが良いので、ゆっくり落ち着いて料理を楽しめる。シェフの京大輔さんは北イタリアで修業し、今は魚釣りに凝っているそうだ。
 生ハムはよくメロンや無花果(イチジク)と一緒に前菜として食べるが、必ず常温に戻すことがポイントだ。
 
×月×日 久しぶりに自由が丘の「鮨処 羽生」へ。春に2か月ほど休養して、復帰した。営業は木曜から日曜までの4日だけ。営業日が少ない分、かえって混雑しているようだ。鰹は脂が乗って、「戻りっぽく」なってきた。

×月×日 国会に設置された「福島原発」事故調査委員会の報告書(英語版)に「根本原因は日本に染みついた習慣や文化にある」と記されているらしい。これに英米メディアが「事故の本質を見誤らせる」とかみついて、批判が出ていることを朝日新聞(7月12日付け)が報じている。
 記事によれば、日本通のジェラルド・カーティス教授(コロンビア大)は、「文化によって行動が決まるのならば、誰も責任を取らなくてよい。問題は、人がした選択であり、その文化的背景ではない」(フィナンシャル・タイムズ=英)と寄稿した。
 ほかにも、「責任逃れで陳腐な言い訳」と手厳しい意見が紹介されている。
 それはそうだろう。「文化」というのは、「昔からあるものを継続、保持して、未来に伝っていけばいいという雰囲気や気分から生まれるようなもの」だから、科学とは対極にある考え方だ。文化で、技術を論じることはできない。
 問題になった表現は、報告書の英語版の序文にあって、日本語版には入っていない。
 記事を書いたニューヨーク支局の仲居大助記者は、<公表後の会見では「なぜ日本語版と英語版が違うのか」と疑問の声が上がっていた。>と他人事(ひとごと)のように書いているが、その「疑問の声」に応えるのが新聞の役割だろうに。
 外報部と政治部の「縦割り行政」と「縄張り争い」によるものなのか。それとも、両部の「文化の違い」なのだろうか。

×月×日 近く発売が予定される拙著『愚者の説法 賢者のぼやき』(左右社)で、最近の読めない名前を子供に付ける風潮について触れた。「空斗夢」(あとむ=男性)とか「月華」(るか=女性)といった類の名前だ。最近では、キラキラネームとかDQNネームとかいうらしい。
 宇多田ヒカルは自身のブログで、「政党名にもキラキラネーム」と記したとネットで報じられた。もちろん小沢新党の「国民の生活が第一」を揶揄したものだ。
 まったくおかしな政党名で、略称は「生活」に決まったという。スローガンが即政党の名前になる道理がない。野球チームでいうなら、「野球は打って走って守るのが第一」みたいなものだ。
 宇多田ヒカルのユニークな発言については拙著の別稿でも取り上げている。ご一読をお願いしたい。(12・7・23)


重金敦之(しげかね・あつゆき)

1939年東京生まれ。元朝日新聞社編集委員。「週刊朝日」編集部在籍時に池波正太郎、松本清張、結城昌治、渡辺淳一など多くの作家を担当した。大学教授を経て、文芸ジャーナリスト。食の分野にも造詣が深く、料理に携わる人たちからの信頼も厚い。日本文藝家協会、日本ペンクラブ、食生活ジャーナリストの会、各会員。『すし屋の常識・非常識』(朝日新書)のほか、『作家の食と酒と』『編集者の食と酒と』『愚者の説法 賢者のぼやき』(いずれも左右社)。最新刊に『食彩の文学事典』(講談社)、『ほろ酔い文学事典』(朝日新書)。