第18回 アヒルの焼き鳥と煮込み、日本風豚肉の「冷しゃぶ」にビンタン・ビール(承前)

×月×日 スメルタ家では、中国料理でよく使われる大きな木を輪切りにしたまな板の上で、包丁をリズミカルに動かしながら、何かを切っていた。ヤシの身を焼いてから5ミリ角ぐらいに細かく刻んでいるのだった。さらにライムの葉を細かく千切りにしていく。焼いたアヒルも刻む。青い唐辛子も刻む。
 小エビの魚醤も用意している。魚醤というと、ニョクマム(ベトナム)やナンプラー(タイ)のように、液体のイメージだが、ここでは固体だった。サイコロに切って串に刺して焙ると独特の香りが和らぐのだという。これを細かく砕いて、白い御飯と一緒に食べるのが、ごく日常の家庭料理だ。
 ヤシの身をベースにして、いろいろな材料を混ぜ合わせ、塩で味を調えた「サラダ」というか「薬味」が数種類でき上がった。この「薬味」をご飯と一緒に食べる。カレー粉を用いない一種の生のドライカレー、といったら分かってもらえるか。
 バリ島では「ご飯を食べないと、力が出ない」といって、とにかくご飯がご馳走なのだ。
 タンパク質は豚肉の煮込み、アヒルの焼き鳥、フランスのアルザス地方の料理として知られるブーダン・ノワール(豚の血のソーセージ)に似た料理も並んだ。バビ・グリンと呼ばれる仔豚の丸焼きがヒンドゥーの一般的な「神饌(しんせん)」で、ハレの日の大ご馳走だ。

 夜は、バリ島の呪術的儀式から生まれた「ケチャ」の観賞。場所は山城祥二さんの研究施設内に設けられた「ヴィラ・ヤマシロ・バヨガン・ウブド」。ブリアタン村のトゥンガ集落のケチャグループ「スマラドヤ」は、数あるバリのケチャ仲間の頂点に立つ。われわれのために百数十人が集まってくれた。
 ヒンドゥー文化圏に伝わる大叙事詩「ラーマーヤナ物語」をコンパクトにまとめた踊りと合唱が素晴らしい。言葉は分からなくても、地域共同体に伝わる音楽と踊りがもたらす神と住民の一体性を感じとることが出来る。
 食事はピッツア。イタリアのミラノに「ペーパームーン」という有名なピッツエリアがある。店内には、バリ島の若手画家たちの絵が飾られている。この展示に山城さんが尽力した。私が訪ねたのは、はるか20年以上も前のことだから、まだ無かったはずだ。
 この店のピッツァに感激した山城さんは、同じスタイルの窯を研究施設内に設置したのだ。飲み物はインドネシアのビール、ビンタン。かつての宗主国オランダが遺した貴重な財産という人もいる。ハイネッケン社の技術指導があった。ピルスナータイプの辛口で後味がすっきりしている日本人好みのビールだ。ビンタンとは、インドネシア語で「星」のこと。
 ヤシの実から取ったアラック(焼酎に似た蒸留酒)も出た。ブラジルのカイピリーニャ(砂糖キビから作るピンガを砂糖とライム、砕いた氷で割る)のようにして飲む。名前は「ヤマサリ」。

×月×日 青銅の交響楽といわれる「ガムラン」のスーパーグループ「ヤマサリ」の特別演奏。そのダイナミックなリズムとパートによる掛け合いは、まさに21世紀の超モダンミュージックだ。民族性と国際性、伝統と現代という本来は相容れない素因を融合させた恐るべき芸術だ。
 終了後は伝統的なアヒル料理。水田にいる小柄な白いアヒルを、長時間煮込んだもの。

×月×日 最終日は、城田実デンパサール総領事、ウブド王家当主、ギャニアール県知事、ネカ美術館館長、レストラン「モザイク」のサランシェフにもちろんスメルタ夫妻などを招待してゴブラン会の答礼バンケットが行われた。
 料理は中村勝宏、石田日出男シェフに料理研究家の前島慶子さん(「keiクッキングスタジオ」主宰)、冬木れいさん(料理研究サロン「大きな竈」主宰)が、日本から米や椎茸、紅ショウガを持ち込んで腕を揮った。メニューは次の通り。
 小海老と各種野菜のクルディテ(小さく切ったサラダ)、豚肉の冷しゃぶ(胡麻風味)、ちらし寿司、若鶏のブレゼ(蒸し煮) 蜂蜜とビネガー風味。デザートはブランマンジェ(エキゾチック北海道洞爺湖サミット2008)、チュロスとホットチョコレート。
 招待客は日本とバリ島の味覚が融け合った料理に感嘆していた。特に「しゃぶしゃぶ」には、驚いた様子で熱心に作り方を聞いていた。半冷凍にした豚肉の塊を、中村勝宏シェフが、薄く手切りにしたものだ。二人のシェフは地元の新聞「バリポスト」と「ジャワ ポス ラダール バリ」のインタビューを受ける騒ぎとなった。後日送られてきた新聞には、大きく写真付きで掲載されていた。

×月×日 帰国したら、なんと東京の方がバリより、ずっと暑かった。(この項終わり)(12・9・19)


重金敦之(しげかね・あつゆき)

1939年東京生まれ。元朝日新聞社編集委員。「週刊朝日」編集部在籍時に池波正太郎、松本清張、結城昌治、渡辺淳一など多くの作家を担当した。大学教授を経て、文芸ジャーナリスト。食の分野にも造詣が深く、料理に携わる人たちからの信頼も厚い。日本文藝家協会、日本ペンクラブ、食生活ジャーナリストの会、各会員。『すし屋の常識・非常識』(朝日新書)のほか、『作家の食と酒と』『編集者の食と酒と』『愚者の説法 賢者のぼやき』(いずれも左右社)。最新刊に『食彩の文学事典』(講談社)、『ほろ酔い文学事典』(朝日新書)。