第20回 東京駅「ステーションホテル」のレストラン、バー、寿司屋、スパ&フィットネス、レストラン街

×月×日 10月3日から開業する東京ステーションホテルの内覧会をのぞいてみた。1914(大正3)年に中央停車場から東京駅と名前を変え、翌年には、ステーションホテルを開業した。設計は当時の建築界の第一人者、辰野金吾。現存している日本銀行本店も彼の作だ。
 昭和20年代のころだ。南口の吹き抜けの一角に小さな窓口があり、「両替所」という表札が出ていた。戦後間もない小学生には、「両替」という意味が分からなかった。「外貨」という概念が身近に無いのだから致し方ない。大きな金額を細かくしてもらうのに、手数料が必要だと思っていたものだ。
 長い歳月を掛けて、無事に修復が終わった。名物の赤レンガも特別に焼かせた。
 その昔、京浜東北線の浦和方面行に乗ると、進行方向左側にホテルのレストラン「ばら」の内部が指呼の間に見えた。レストランの中からは、食卓のすぐ横を電車が通ることになる。
 新しいレストラン「ブランルージュ」は、かつての「ばら」と同じ場所に再現された。食卓からの眺めも、ほぼ同じだ。
 総料理長はメトロポリタン・エドモントで「フォーグレイン」の料理長を任されていた石原雅弘さん。名誉総料理長、中村勝宏さんの秘蔵っ子だ。
 新幹線の時間に合わせて急いで食事をする人のために「フレンチ松花堂 三段重」を用意している。
 寿司屋の「青柳」は徳島の小山裕久氏のプロデュース。初めて寿司店を出店することになった。
 バーの「カメリア」は、終電まで安心して飲めるので、遠距離サラリーマンの「最後の止まり木」だった。同じ名前で復活した。
 地下には、フィットネス&スパや、会員制のスポーツクラブ、女性のためのエステ、レストラン街などもあり、新しい丸の内の注目スポットになるに違いない。 
 
×月×日 さる評論家から、新著が「著者代送」で版元の出版社から送られてきた。
 ところが、書店用のスリップが挟み込まれたまま。今は、表紙裏のバーコードをスキャナーで読み取るため、スリップは無用になりつつある。しかし、地方の小規模の本屋さんでは、スキャナーを用意できない店もあるので、廃止するわけにはいかない。
 アマゾンで購入して送られてくる新刊本も本来は抜くべきスリップが挟み込まれたままだ。手間を省略しているのだ。
 かつて谷崎潤一郎は、このスリップが挟み込まれたまま送られるのを、極端に嫌がったという。担当編集者だった伊吹和子さんの名エッセイにある。
 出版社の編集者にとっては、常識だったのだが。

×月×日 「朝日おとなの学びなおし!」シリーズの最新刊、『江戸時代——武家政治VS庶民文化』(朝日新聞出版)が送られて来た。どうも広告が出ない、と思っていたら、売り上げが伸びず、広告予算を削られたらしい。朝日新聞に広告が出ないとなると、ますます売れなくなって、先細りになる一方だろう。困ったものだ。

×月×日 同じ日の朝日新聞に、村上春樹と橋本治が、新聞にしてはかなりの長文を寄稿している。偶然の一致なのだろうが、日をずらすとか、何とかならなかったのだろうか。
 かなり以前から言われていることだが、「新聞の雑誌化」の一端を如実に見た。

×月×日 千石のイタリア料理、「ボウロ・コズィ」へ。西口大輔シェフは、北イタリアで料理を学んだ。シックな内装、洗練された料理は、固定ファンをしっかとつかんでいる。
 北の名物、ポレンタ(粗挽きのトウモロコシ粉をお湯で練り上げたお粥みたいなもの)を随所に使い、ベネチア風前菜は、蛸(タコ)や鰻(ウナギ)、烏賊(イカ)などが楽しめる。
 各地のイタリアワインの品ぞろえも豊富で、サーヴィスも邪魔にならない範囲で、きちんと主張するべきところは主張している。(12・10・3)


重金敦之(しげかね・あつゆき)

1939年東京生まれ。元朝日新聞社編集委員。「週刊朝日」編集部在籍時に池波正太郎、松本清張、結城昌治、渡辺淳一など多くの作家を担当した。大学教授を経て、文芸ジャーナリスト。食の分野にも造詣が深く、料理に携わる人たちからの信頼も厚い。日本文藝家協会、日本ペンクラブ、食生活ジャーナリストの会、各会員。『すし屋の常識・非常識』(朝日新書)のほか、『作家の食と酒と』『編集者の食と酒と』『愚者の説法 賢者のぼやき』(いずれも左右社)。最新刊に『食彩の文学事典』(講談社)、『ほろ酔い文学事典』(朝日新書)。