第21回 サンマの塩焼き、サバの味噌煮、ブリの刺し身にカキフライ

×月×日 きわめて常識的に考えれば、礼状に対しての礼状は不要といわれている。この頃は、葬式の方式も変ってきて、「香典返し」という習慣も少なくなってきたが、葬儀に参列し、香典を頂いたお礼が、「香典返し」と考えれば、「香典返し」が届いたからと言って、わざわざ「礼状」を書く必要はない。
 葬儀に「香典」を持参するという習慣は、日本の伝統的な「生活の知恵」だった。地方によって、「香典返し」の額は異なるし、遺族の事情によっても違う。まだ遺児が幼く、上の学校を目指しているような場合、世話人と遺族に「香典返し」は、無しにするよう僭越ながら、助言したことがある。
 公共的な施設や団体に香典の一部を寄付したから、「品物は送らない」という趣旨の手紙を頂くことがある。田辺聖子さんは、「あれは、おかしい」とエッセイか何かに書いていた。別に「香典返し」が欲しいわけではないが、やはり、「文化」として、習慣を守りたいというのである。
 今は何でもメールで済ます時代だから、手間が掛かることは、出来るだけ避けたくなるのだろう。
 私は「大人の社会」での生き方の基底には、「他人に借財を追わない」と言う考え方を置いている。まあ、そのように、身を律しているつもりだ。常に「イーブン」(五分五分)でありたいと願っている。借りも無ければ、貸しも無いのが理想だ。
 何か戴いたら、なにかお返しをする。それは、礼状でもいい。郵便なら郵便で。メールならメールで、というのが常識だろう。それは、自分の中でケリを付けて、納得すればいいのだと思う。相手に要求したりするものではない。しかしメールがこれだけ普及すると、メールによる「礼状」が増えてくるのは当然だ。
 メールだと、なかなか終わらないで、いつまでもやりとりが続くことがある。
 ある大学にいた頃の話だ。ゼミナールの学生に授業の連絡をメールで知らせる。「了解しました」というメールが返ってくることもあれば、返信が無い場合もある。それはそれで構わない。返信があれば、「丁寧」と思うだけだ。
 困るのは、「了解」と共に、こちらに質問みたいなものを投げ返してくる学生だ。別にとりたてて、重要な質問ではない。仕方がないから、返信する。また返ってきて、また尋ねてくる。これでは、いつまで経っても終わらない。
 いったんメールによるコミュニケーションが始まると、途切れるのが「怖い」のか、あるいは「さびしい」のではないかと思われる。
 「メール終息恐怖症候群」というのだろう。

×月×日 今年の夏の猛暑は異常で、9月の残暑も厳しかった。この影響が北の海に現れている。海水の温度が下がらないのだ。
 海水の温度が上がればプランクトンも増える道理で、青森あたりが北限とされていたサバが北海道で大漁になっている。
 釧路沖の秋サケの定置網に、マンボウが100匹単位で入った。小樽沖では、ジンベイザメも定置網に掛かったという報告もある。ジンベイザメは、本来南の温帯の魚だ。
 カツオもまだ気仙沼沖に滞在しているようだし、青森で揚がるブリも脂がのって、美味この上ない。値段も安いのが有難い。北上したブリは稚内を回って、オホーツク海に入り、雄武(おうむ)、斜里(しゃり)の定置網にもかかっているという話だ。
 デパートの地下の鮮魚売り場で、三枚に下ろした生食用のサンマに「アニサキスにご注意ください」と書かれた札が貼られていた。昔はサンマを生で食べなかった先人たちの知恵を思い出さなければいけないようだ。
 折角、安くなってきたところなのに、水を差されたような気分になる。
 生食用のカキが出てきた。いつのまにか、カキフライの季節になっているのだ。
一年の最初に食べるカキフライほど旨いものは無い。「洋食」で数少ない、季節を感じる食べ物だ。

×月×日 最近の新聞で、分からないのが「追悼抄」(読売新聞)とか「惜別」(朝日新聞)、「悼む」(毎日新聞)といった故人を偲ぶページがある。死亡記事の拡大版だが、取り上げる人物が、亡くなってからあまりにも時間が経ち過ぎている。ひと月も、ふた月も前に亡くなっていて、もう忘れかけている人が幽霊のように出てくる。
 雑誌の月刊「文藝春秋」に「蓋棺録(がいかんろく)」というページがある。月刊誌より遅い記事を新聞で読むことは無い。また文章が面白くない。
 9月29日付の朝日新聞「惜別」欄では、シリアで銃撃されたフリージャーナリストの山本美香さんを、同年の女性記者が書いている。生前に交流があったらしく、心のこもった「弔辞」になっていた。
 こういう文章ならいい。しかし当然のことだが、故人は高齢になる一方だ。故人に会ったことも無ければ、著作も読んだことがない若い記者が書くのだから、どうしても無理が生じる。
 わざわざ「偲ぶ会」に出席し、故人を知る人を丹念に取材しても、記者自身に「関わり」がなく、興味が薄いのだから、故人を知る読者はもちろん、知らない読者の心に響く「弔辞」は生まれてこない。ましてや「人物論」とはほど遠い。
 この種の記事は、取材すればするほど、実像から遠さかっていくから厄介だ。
 毎日新聞の「悼む」のように、記者が書くのではなく、故人をよく知る人に書いてもらった方が、どれだけいいか分からない。
 新聞社に「編集者精神」が欠けている好例だろう。それは、取り上げる「故人」の選定から始まっているのだ。
 どうも今回は抹香臭い話に始まって、終わりも抹香臭くなってしまった。(12・10・12)


重金敦之(しげかね・あつゆき)

1939年東京生まれ。元朝日新聞社編集委員。「週刊朝日」編集部在籍時に池波正太郎、松本清張、結城昌治、渡辺淳一など多くの作家を担当した。大学教授を経て、文芸ジャーナリスト。食の分野にも造詣が深く、料理に携わる人たちからの信頼も厚い。日本文藝家協会、日本ペンクラブ、食生活ジャーナリストの会、各会員。『すし屋の常識・非常識』(朝日新書)のほか、『作家の食と酒と』『編集者の食と酒と』『愚者の説法 賢者のぼやき』(いずれも左右社)。最新刊に『食彩の文学事典』(講談社)、『ほろ酔い文学事典』(朝日新書)。