第22回 小久保裕弘,金本知憲、城島健司、石井琢朗、

×月×日 先日、朝日新聞の「声」欄に、「車内で大型カバンは前回しに」という読者からの投書が載っていた。「肩にかけ、少し後ろに回して提げている」のは、「カバンの角が周囲の人を傷つけ、圧迫する」というのである。
 前に抱えるか、手で押さえる気遣いが必要だと投書者は主張する。63歳の女性の派遣社員からだ。
 投書者の意見には、100%賛同する。よく、言ってくれたと思う。一度、友人の女性ライターに尋ねたら、ノートパソコンなどの商売道具を入れたバックを左肩に掛けると、「よし、やるぞ」というファイトが燃えてくるのだ、と言っていた。左肩に何も掛けないで、電車に乗るなんて考えられない、とまで言うのだから、これは、もうビョーキに近い。
 私のように、常用している医薬品の副作用で、皮膚が傷つきやすく、すぐに出血の恐れがある者にとっては、あのカバンの角は凶器にも思える時がある。
 
×月×日 今期は、例年になくプロ野球の引退選手が賑やかに思える。気のせいばかりではないだろう。金本知憲、小久保裕弘,城島健司、石井琢朗、今岡誠など記憶に残る超有名選手ばかりではない。北川博敏,福地寿樹、宮出隆自、平尾博嗣、英智など、渋い選手が引退を余儀なくされるのも寂しい。
 「戦力外通告」を受ける選手も侘(わび)しい。下柳剛、岩村明憲、一場靖弘、小野寺力、朝井秀樹、氷川光浩などは、もう復活するのは無理なのだろうか。
 最近は選手生命が、長くなってきたように思える。いいことだ。アメリカのメジャーを見ても、高年齢のプレーヤーが活躍している。
 自分の息子と同じ歳の選手が「戦力外」を通告されるのは、自分にとっても、もう一度「戦力外」と通告されるような気がする。

×月×日 テレビ朝日の昼間の情報番組「ワイド!スクランブル」の中の「夕刊ブラッシュアップ」で、夕刊の記事を読み上げるアナウンサーが「尼僧(にそう)」を「あまそう」と読んでいた。ディレクターの指示で、司会者が途中でも、「訂正」を入れればよいのにと思う。難読の地名、人名は本人が、最初に読んだ時に、分からなければ聞くだろうけれど、最初から「あまそう」で良いと思っていたのだろうから、気が付かない道理だ。

×月×日 「銀座百点」の十月号での巻頭座談会が、「粋で手軽で縁起もの」という見出しで、そばを取り上げている。出席者は、岩崎信也、向笠千恵子、宮下裕史の各氏。
 「そば前」という言葉が出てくる。そばを食べる前にのむ酒や肴のことを言うらしい。宮下氏に言わせれば、「そば前」は酒を指し、この言葉が使われ始めたのは、池波正太郎からではないか、と発言している。
 池波正太郎の時代に「そば前」なんていう言葉は無かった。「釜前」というそば屋の職制を表す言葉が昔からあるので、そのあたりから、生まれたのだろうか。
 池波正太郎は、次のように書いただけである。(いずれも新潮文庫)
「ひとりで町を歩いていて、ひとりで酒がのみたくなったら、私はまず蕎麦屋でのむ。」(『食卓の情景』)
「のまぬくらいなら、蕎麦やへは入らぬ」(『散歩のとき何か食べたくなって』)
 それが、いつの間にか、池波正太郎が、「良い酒を出すそば屋のそばは旨い」と言った、などという伝説が生まれてしまった。
 しかし、そば屋で酒を飲む客(特に女性が)増えたのは確かで、私は、「池波効果」と呼んでいる。

×月×日 長いあいだ工事中だった東京駅の丸の内側の工事が終わり、東京ステーションホテルも再開した。各メディアが取り上げているが、松本清張が泊まったという部屋があり、ここで『点と線』の構想が生まれたなどというのは、いささか言い過ぎというものだ。
 私も内覧会に行って聞いたが、「ここで構想を練ったといわれています」と係員が説明していた。メディアに登場すると、「この部屋で4分間のトリックが生まれました」となってしまう。
 ホームが見える部屋に泊まったくらいで、あの「4分間」の「空白」を見つけられるものだったら、推理作家はみんな宿泊するだろう。これも、作られた「伝説」以外の何物でもない。

×月×日 トータル飲料コンサルタントと称する女性がネットに書いている文章を読んでいたら、「ご一緒したお蔵元様は、……」とあった。いくらなんでも、「お蔵元様」は、ないだろう。「お父様、お母様」とは違うし、人に向かっては言わない。
 蔵元に対するご自身のスタンスが、おのずと明らかになってしまうことに気が付いていない。

×月×日 東京の世田谷区で隣人同士の諍(いさか)いから、殺人事件が起こった。
 「ゴミ屋敷」、「道路の植木鉢」、「ネコへの餌やり」など、トラブルの原因はいろいろと報道されている。
 ご近所の付き合い方は、相手の立場をよく理解することに尽きる。自宅で野良ネコに餌をやっても、近所の家が困る。
 「ネコ好き」の人には、「ネコが嫌い」な人もいることを知ってもらいたい。
わざわざ遠くから野良ネコに餌をやりにくる酔狂としか言いようがない御仁がいる。「野良ネコへの餌やり」は、「糞害」で迷惑をこうむっている人の立場を考えたら、できないはずなのだが。(12・10・21)


重金敦之(しげかね・あつゆき)

1939年東京生まれ。元朝日新聞社編集委員。「週刊朝日」編集部在籍時に池波正太郎、松本清張、結城昌治、渡辺淳一など多くの作家を担当した。大学教授を経て、文芸ジャーナリスト。食の分野にも造詣が深く、料理に携わる人たちからの信頼も厚い。日本文藝家協会、日本ペンクラブ、食生活ジャーナリストの会、各会員。『すし屋の常識・非常識』(朝日新書)のほか、『作家の食と酒と』『編集者の食と酒と』『愚者の説法 賢者のぼやき』(いずれも左右社)。最新刊に『食彩の文学事典』(講談社)、『ほろ酔い文学事典』(朝日新書)。