第23回 上海蟹の老酒漬け、上海蟹とふかひれの旨煮スープ、活上海蟹の姿蒸し

×月×日 アメリカン・リーグのニューヨーク・ヤンキースが、デトロイト・タイガースに4連敗を喫して、ワールドシリーズに進出できなかった。
 やはり、日本人選手が所属するチームを応援したくなるのが、人情というもので、イチローも黒田博樹も敢闘してくれたのが救いだった。ことさら「愛国心」と大声で騒ぎ立てる気はないけれども。

×月×日 ポルトガルワインの専門店「播磨屋」の試飲会。ヴィーニョヴェルデ、ヴァスコ・ダ・ガマ(スパークリング)、モスカテル、ポートなど100種弱のワインが勢ぞろい。ポルトガルには、固有のブドウ品種もあり、偉大な「ワイン王国」だ。
 今ひとつポルトガルワインの人気が盛り上がらないのは、ポルトガル料理の店が東京に少ないからだろう。スペイン風の立ち飲みバルが今トレンドだ。ポルトガル料理は、日本人の口にあう。スペインの次は、ポルトガルと申し上げておく。

×月×日 丸谷才一さんが亡くなった。新聞を見ると、代表作に『女ざかり』を挙げているところがある。しかし、丸谷さんにとって、『女ざかり』を挙げられるのは、喜ばしいことかはわからない。
 これが出版されたとき、ある直木賞作家はこう感想をもらした。
「純文学作家が、大衆小説なんか簡単に書けると思って、書いたような作品」
 つまり大衆小説を軽く見て、試みてみたけれども、そんな簡単に書けるものではないよ、というのである。丸谷さんの作品の中で、今後どの作品が読まれていくのか。『女ざかり』でないことだけは確かなような気がする。
 丸谷さんの書評に対する熱意を評価する人もいる。
「書評で最も気をつけなければいけないことは、『仲間褒め』です」と、丸谷さんから直接聞いたことがある。
 顧問を務めていた毎日新聞の書評欄に、「仲間褒め」が目についたのはどう説明するのだろう。同欄の不可解な企画「好きなもの」はそのうち姿を消すに違いない。すっきりするはずだ。
 学者であり作家でもある人にしては珍しく、ジャーナリズムに興味があり、権力欲も旺盛だった。それは、地方出身者の東京に対するコンプレックスの裏返しだったように思えてならない。

×月×日 神保町の「新世界菜館」で上海蟹の宴。近年、上海蟹は蓄養が盛んとなり、通年食べられるようになってきたが、やはり10月から11月が旬だ。メスの老酒漬け(蟹黄酔蟹)、上海蟹とフカヒレの旨煮スープ(蟹黄魚翅)、姿蒸し(清上海蟹)などを満喫。
 シャンパーニュに始まり白ワイン、赤ワイン、紹興酒と続き、キャンティクラシコのヴィンサント1995、白酒(パイチユウ)で御つもり。

×月×日 童門冬二さんから、新刊『65歳からの「男の人生」』の恵投を受ける。「65歳」を新しい起点として、今後、何を生むのか考えようというのである。そのためには、何かしら過去を清算しなくてはならないし、覚悟を定めなくてはならない。
 童門さんは、今の時代に「起承転結」という人生は無いという。ピリオドは打てない時代だから、せいぜい、打ててもカンマだ。そこで、「起承転々」を説く。
転々と坂を転がるのでは無く、最後まで手抜きをせずに、「生命の炎を燃やし続ける」ことだという。
 ローソクのように自分を燃料としながら、世の一隅(いちぐう)で誰かのために、炎を点(とも)し続けなくてはいけない。
 まさに、至言だ。「自分はローソクだ」と思えば、少しは気が楽になる。いつまでも、自分は自動車のヘッドライトだと思っている人が多すぎる。バッテリーが上がったら、それまでだ、ということに気が付いていない。(12・10・24)


重金敦之(しげかね・あつゆき)

1939年東京生まれ。元朝日新聞社編集委員。「週刊朝日」編集部在籍時に池波正太郎、松本清張、結城昌治、渡辺淳一など多くの作家を担当した。大学教授を経て、文芸ジャーナリスト。食の分野にも造詣が深く、料理に携わる人たちからの信頼も厚い。日本文藝家協会、日本ペンクラブ、食生活ジャーナリストの会、各会員。『すし屋の常識・非常識』(朝日新書)のほか、『作家の食と酒と』『編集者の食と酒と』『愚者の説法 賢者のぼやき』(いずれも左右社)。最新刊に『食彩の文学事典』(講談社)、『ほろ酔い文学事典』(朝日新書)。