第24回 斜里のヒラメ、神戸のイワシ、落ち鮎の煮びたし、柳家さん喬、桂文治、柳家三三、柳家小三治

×月×日 横浜市新子安の鮨屋、八左ェ門。年配の男性が、一人助っ人に入った。お酒の仕事を頼めるだけでもお客の気が楽だし、店主の磯山満さんも仕事に集中できる。いつまで続くかはわからないけれども。
 北海道斜里のヒラメ(1.7キロ)、神戸のイワシ、江戸前のコハダ、マグロは青森の「釣り」など。穴子、赤貝も旨し。珍しくハマグリがあった。

×月×日 落語の朝日名人会。平治を改めた十一代桂文治が「源平盛衰記」を熱演。先代の文治は晩年この噺をしなかった。理由は、「疲れるから」だったとか。
 トリは柳家さん喬の「鼠穴(ねずみあな)」で、さん喬の話しっぷりは堅調で、破綻はない。しかし、噺の筋が面白くない。だいたい火事避けに、土蔵の目張りをする、というところから説明が要る。「帯久(おびきゆう)」に似た部分もあるし、「文七元結(ぶんしちもつとい)」を想起させるところもある。
 夢の話しなら、「天狗裁き」の方がはるかに面白い。夢の中に「夢」が無く、暗さを感じさせるから、「落ち」を聞いても爽快感が湧き上がってこない。

×月×日 終わって、銀座の「いまむら」へ。穴子を頼んでおいたので、白焼きと竜田揚げにしてくれた。落ち鮎の煮びたしと蛸と芋の焚き合わせ。鯧(まながつお)の蒸し物。

×月×日 渡辺淳一さんの傘寿(さんじゅ)のお祝い。傘寿(80歳)は、いつごろから言われるようになったのか。今では、「日本国語大辞典」にも載っているが、「広辞苑」の確か第二版には載っていなかったと記憶している。66歳を緑寿(ろくじゅ)と呼ぶ試みも日本百貨店協会だったかが、音頭を取って無理矢理こしらえてみたが、あまり成功しなかった。商魂の方が先走っては、定着するわけがない。今どきの66歳は、壮年のうちだ。
 渡辺さんは、「まだ、79歳だ」と不服そうだったが、こういうお祝いは「数え年」で行うのが通例だから、間違ってはいない。
 「今まで、書くことがいっぱいあった。書きに書いて、書きまくってきた。どうして今の作家は、小説を書かないのだろう。私にはまだまだ書くことはある」と元気一杯だった。
 「谷崎潤一郎の年を超えたけど、『瘋癲老人日記』より面白い作品を書くつもり」とも付け加えた。
 体調があまり良くなく、杖をついているが顔の艶はいい。美人の女性主治医は、「医者を志したのは、先生の『花埋(はなうず)み』の荻野吟子に触発されたから」とスピーチした。
 荻野吟子は日本で初めての女医。『花埋み』は、荻野吟子の生涯を描いた。昭和45年の作品だ。
 こんな先生に診てもらえるのは、医師であり作家である渡辺さんにとっては、望外の幸せというものだろう。「私は、この先生に恋している」と広言できるだけでも、立派なものだ。
 京都「和久傳」の桑野綾乃さん、銀座のフランス料理の名店「ボンシャン」のオーナーソムリエ、吉田照雄さんや東横線祐天寺駅前の鮨屋「初代渡邉淳一」の店主夫妻ともばったり。鮨屋は「本日休業」にして、駆け付けたそうだ。
 銀座のクラブのママ連中はもちろんのこと、三田佳子、津川雅彦、川島なおみなどの俳優に作家の林真理子、幸田真音などの各氏の姿も見えて、賑やかな会だった。
 
×月×日 天皇賞はデムーロ騎乗のエイシンフラッシュが快勝した。心配された栗東(りつとう)からの輸送中の交通事故による遅れも、問題ではなかった。

×月×日 栗が大きくなり、イガが破れて外へ出ることを「弾(はじ)ける」という。ところが、最近の若い人は、「緊張から解放されて、愉快な気分になる」ことも「はじける」という。「試験が終わったので、カラオケではじけた」というように用いる。知りませんでした。
 バブル景気の絶頂にディスコで、狂うように踊る情景から生まれたという説が有力で、「羽目を外す」、「無礼講」、「思い切って楽しく遊ぶ」というような意味に変化した。「はしゃぐ」と繋がったのか、「はっちゃける」という言葉も生まれた。
 老生には、とても使えないし、使おうとも思わない。

×月×日 自宅近くのめぐろパーシモンホールで柳家小三治一門会。一門の柳家喜多八の弟子の柳家ろべいが「初天神」、小三治直系の若手真打、柳家三三(さんざ)が、「錦の袈裟」。三三は二つ目の頃から、知っているが、枕は必ず、自分の名前の読み方から入ったものだが、最近でなかなり知られて来たので、名前の説明はなくなった。
 小三治の弟子で出囃子を演奏している柳家そのじ(本名・太田その)が端唄(はうた)を聞かせてくれた。東京芸大の邦楽科を出た人で、在学中は早稲田大学の落語研究会に所属していた。小三治が、そのじの伴奏で都都逸(どどいつ)を披露。「禁酒番屋」で締めたが、楽しい一門会だった。(12・10・31)
重金敦之(しげかね・あつゆき)

1939年東京生まれ。元朝日新聞社編集委員。「週刊朝日」編集部在籍時に池波正太郎、松本清張、結城昌治、渡辺淳一など多くの作家を担当した。大学教授を経て、文芸ジャーナリスト。食の分野にも造詣が深く、料理に携わる人たちからの信頼も厚い。日本文藝家協会、日本ペンクラブ、食生活ジャーナリストの会、各会員。『すし屋の常識・非常識』(朝日新書)のほか、『作家の食と酒と』『編集者の食と酒と』『愚者の説法 賢者のぼやき』(いずれも左右社)。最新刊に『食彩の文学事典』(講談社)、『ほろ酔い文学事典』(朝日新書)。