第25回 栗、柿、唐墨、魳(カマス)の寿司、鯖の赤ワイン煮、駝鳥のステーキ

×月×日 藤本義一さんが亡くなった。まだ大学生の無名時代、脚本コンクールで、「東のひさし、西の義一」と言われたくらい、井上ひさしさんとは熾烈(しれつ)なライバルだった。
 その昔に井上さんの原稿が間に合わず、藤本さんに突然の助っ人をお願いしたところ、何も言わずに穴を埋めてもらったことがあった。直前にある作家から、「そんなことをするのは井上ひさしだろう」と言って、電話をガチャリと切られた後だけに、有難味を層倍に感じ、感謝を込めてお礼を申し上げた。この出来事は、終生忘れられないだろう。
 井上ひさしさんが『手鎖心中(てぐさりしんじゅう)』で直木賞を受賞した二年後に義一つぁんも、『鬼の詩(うた)』で、同賞を受賞し肩を並べた。
 日本の文学風土では、テレビなど文学以外のジャンルで活躍するタレントを嫌うところがある。あくまでも「文学道一筋に臥薪嘗胆、刻苦勉励、石の上にも三年、いや面壁九年」と、「精進、邁進(まいしん)」を重要視する。
 故なき先入観から露骨に拒否反応をみせたり、イジメとまではいかないまでも、銀座の文壇バーで冷たい視線を浴びたり、酔客にからまれたこともあったようだ。
「直木賞を取りたい」と広言して、取ったところは青島幸男と共通項がある。二人とも活字畑というよりは映像畑だ。
 残念なのは、二人とも受賞後にこれといった「傑作」が続かなかったことだ。『鬼の詩』は芸人の話しだが、芸能界だけではどうしてもテーマが限られてくる。
これでは、「やはり、受賞するだけが目的だったのではないか」という批判が出るのも、止むを得ない。やんぬるかな、「文学一筋至上主義者」たちの鼻をあかせなかったことになる。

×月×日 恵比寿の「京しずく」。白味噌の一口雑炊から始まって、吹き寄せ風の八寸は、唐墨(からすみ)、焼き栗、鮟肝(あんきも)、柿釜の中はしめじ茸、お椀は、帆立のしんじょう。鯛の刺身、鰆(さわら)の祐庵焼き、海老芋と穴子、京菊菜の焚き合わせ、温かいわらび餅。充足、満腹、至福。 

×月×日 NHKの有働由美子アナウンサーが、「浮足立つ」を「いそいそ、ルンルン」の意味で放送したらしい。もちろん、「そわそわ、あたふた」の意味だ。「近ごろの若い者は」と言っていられない年齢だし、高校、大学と一流の道を歩んで来た人だけに、余計困るのだ。

×月×日 杉並区天沼の会員制レストラン「坊千代(ぼうちよ)」。シェフの岳野基道さんは、かつてパリのユネスコ大使公邸の料理人だった。大使公邸の食卓の雰囲気をイメージして、一日一客しか予約を受けない。
 峰岡豆腐、魳(かます)の柿の葉寿司、大根蕎麦に牡蠣と舞茸、鯖の赤ワイン煮、フォアグラと里芋の大理石仕立て、駝鳥(ダチョウ)のステーキなど、ユニークな料理が出る。
 決して奇を衒(てら)っているわけではなく、理路を端正に踏んでいるところが、只者ではない。「お主、なかなかやるのう」といったところだ。 

×月×日 日本シリーズは、巨人が4勝2敗で、勝利を収めた。しかし第5戦の「世紀の誤審」は、後味が悪かった。所詮は「負け試合」だったから、結果は変わらない、とは思うが、日ハム選手たちの緊張の糸が切れたのは、まぎれもない事実だ。
 ボール、ストライクやアウト、セーフの判定は、審判の裁量と判断にゆだねられる事柄だから、致し方ないが、ヘルメットに当たったか、バットに当たったかの違いは正確に判断してもらわないと困る。
 バットをかすった音とヘルメットに当たった音の違いも分からない、という事になる。主審も二塁塁審の意見を聞くくらいの度量があっても、良かったのではないか。
 日本シリーズでは、かつて巨人南海戦で、南海のスタンカ投手が投げてゲームセットになるはずだった一球が円城寺球審からボールと判定されたことで、「円城寺 あれがボールか 秋の空」と後々まで言われ続けた。
 また、ヤクルト阪急戦では、大杉勝男のホームランを巡って、阪急の上田利治監督が執拗に抗議し1時間19分も試合が中断したこともあった。翌年、上田は混乱の責任を取って、監督の職を辞した。
 今回の「誤審」も、後々まで語り継がれるに違いない。日ハム栗山英樹監督の「紳士的態度」が唯一の「救い」だった。コーチ経験もない一年生監督としては、「よくやった」ということだろう。
 今年のプロ野球もこれで終わり、後はWBCだが、山本浩二監督の手腕に不安が拭(ぬぐ)い切れない。(12・11・7)
重金敦之(しげかね・あつゆき)

1939年東京生まれ。元朝日新聞社編集委員。「週刊朝日」編集部在籍時に池波正太郎、松本清張、結城昌治、渡辺淳一など多くの作家を担当した。大学教授を経て、文芸ジャーナリスト。食の分野にも造詣が深く、料理に携わる人たちからの信頼も厚い。日本文藝家協会、日本ペンクラブ、食生活ジャーナリストの会、各会員。『すし屋の常識・非常識』(朝日新書)のほか、『作家の食と酒と』『編集者の食と酒と』『愚者の説法 賢者のぼやき』(いずれも左右社)。最新刊に『食彩の文学事典』(講談社)、『ほろ酔い文学事典』(朝日新書)。