第26回 鹿、猪、雉、鶏の肝臓、心臓、皮、つくね

×月×日 銀座の元クラブ「おそめ」の上羽秀(うえば・ひで 享年89)さんが、亡くなった。京都祇園の元芸妓から、木屋町御池通りに「おそめ会館」を作り、銀座に店を出した。すでに銀座に御職を張っていた「エスポァール」の川辺るみ子ママと、激しい商戦を繰り広げ、ライバル視された。
 京都と東京を飛行機で往復し、「空飛ぶマダム」ともてはやされた。もちろん、新幹線が開通する前のことだ。川口松太郎の小説『夜の蝶』のモデルとされ、映画では、「おそめ」を山本富士子、「エスポァール」を京マチ子が演じた。
 文壇バーの草分け、と書いた新聞もあったが、文壇だけでなく政、財界の一流どころが集まった。江戸時代から、そうなのだが作家や画家はいつも「広告塔」の役目を負わされていたのだ。夫は、東映映画の有名プロデューサー、俊藤浩滋さん(故人)、富司純子の実父だ。
 私は水上勉さんと一緒にいったことがあった。エスポァールに比べると、中央通りを挟んだ東側という立地の難点もあり、木調の店内は、暗くクラシックな感じだった。最初に店を出したところは、銀座3丁目だったから、どうも地縁には恵まれなかったのかもしれない。
 上羽秀さんのことは石井妙子の労作『おそめ』(新潮文庫)に詳しい。

×月×日 11月の声を聞いてすぐに、知人から「喪中につき、年末年始の挨拶欠礼」の葉書が届いた。すでに、いろいろなところに書いたことだが、早すぎる。印刷所の都合に乗せられているだけだ。
 NHKの朝のニュースでも、11月から12月の初めに届くように、と言っていた。相手が年賀はがきを書く前に、届いた方がいい、という理屈だろう。そんな配慮よりも、相手を急かして「歳末気分」に追い込む罪の方が大きい。
 年賀はがきを受け付ける12月15日までに届けば充分だ。プライベートな事情なのだから、公表したくない人もいるはずで、恐らく今後は減っていくことだろう。
 テレビで、線香のメーカーが盛んに「喪中見舞い」に線香をと、宣伝している。「喪中見舞い」という言葉は、ない。「喪中」というのは、あくまでも自分自身の「心情」を表明しているだけであって、他人(よそ)さまから、介入されることではないのだ。
 「喪中欠礼」のはがきや年賀状も出さずに、翌年の「寒中見舞い」で、賀状を出さなかったお詫びを述べるケースが増えていくに違いない。
 あえて書けば、この種の「寒中見舞い」は1月8日から15日くらいまでだ。待ちきれないのか、七草の粥も終わらないのに、届いたことがあった。これも、早すぎる。

×月×日 中央区八丁堀のジビエの焼き肉屋「罠(わな)」。鹿、猪、雉(きじ)を炭火で焼く。
 韓国風焼肉と違い、下味が付いているので甘い漬けだれが無いのがいい。早めに訪れて、ゆっくり肉の焼けるのを待ちながらワインを飲む店だ。国産の「一升ワイン」をキャラフで飲んでいる人が多い。たまたま今年解禁されたヌーボーが入荷した日だった。
 ワインの持ち込み料が一本1,000円というのもリーズナブルだ。なんといっても、従業員のサーヴィスがいい。気が利くし、態度も気取らず客を見下すこともない。かといって卑屈になるわけではない。当世ではなかなか珍しい。かなり得難い店だ。これから話題になるだろう。
 終わってから、すぐそばの立ち飲み「マル」へ。金曜日とあって、満席。ルイ・ロデレールが3000円台というのがすごい。飲む気はないのに、試しに「クリュッグ?」と尋ねたら、たちどころに1万なにがしと応えてきた。立派。

×月×日 サッカー、Jリーグの優勝争いが最後の熾烈な戦いを繰り広げている。NHKのスポーツニュースで、「Jリーグの首位争いは、残り4試合となり佳境に入っております」とアナウンサーが興奮していたが、この期におよんで「佳境」はないだろう。
 「物語が丁度おもしろくなってきたころ」といった意味だから、ここへ来て佳境に入った、というなら、今まではなんだったのか。「ゴール寸前のデッドヒート」とか「土俵際、最後の力をふりしぼって……」などという意味なのだろうけれども。

×月×日 渋谷の焼鳥屋の名店「渋谷森本」から新橋店を任されていた主任が、三軒茶屋に「串源」を出して、3年経った。
 名物のつくねや、ハツ、砂ギモ、皮のあじは変わっていない。考えて見れば、50年間通ったことになる。

×月×日 アメリカの大統領選挙は、激しい選挙戦を繰り広げた結果、オバマが再選された。毎日新聞のワシントンからの記事に「オバマ氏の選挙は徹底した『どぶ板』だった」とある。
 アメリカに「どぶ板」があるのかどうかは別として、「どぶ板」というのも、古い。もう若い人には通じない言葉だ。横須賀の米軍基地前の「どぶ板通り」は、「どぶ板通り商店街」に出世した。「どぶ」から、説明しなくてはいけない時代だ。
 政治記者が「手あかのついた言葉」を何の抵抗もなく使っている。この種の「業界用語」に頼っている限り、「新聞離れ」は加速する一方だろう。
 田中真紀子文科相の新設大学の認可問題について、「答申無視」を「ちゃぶ台返し」と表現したメディアもあった。
 「ちゃぶ台」と言われても、わからない人の方が多くなったのではないか。(12・11・12)
重金敦之(しげかね・あつゆき)

1939年東京生まれ。元朝日新聞社編集委員。「週刊朝日」編集部在籍時に池波正太郎、松本清張、結城昌治、渡辺淳一など多くの作家を担当した。大学教授を経て、文芸ジャーナリスト。食の分野にも造詣が深く、料理に携わる人たちからの信頼も厚い。日本文藝家協会、日本ペンクラブ、食生活ジャーナリストの会、各会員。『すし屋の常識・非常識』(朝日新書)のほか、『作家の食と酒と』『編集者の食と酒と』『愚者の説法 賢者のぼやき』(いずれも左右社)。最新刊に『食彩の文学事典』(講談社)、『ほろ酔い文学事典』(朝日新書)。