第30回 戸隠蕎麦、エゾシカのムース、シャラン産の鴨、コトー・ブルギニョン、牛タンの赤ワインソース

×月×日 昼飯は旗の台まで出かけて、戸隠蕎麦の「百々亭」。戸隠大根の辛みおろしそば(850円)が美味。最初の一口は汁を用いないで、おろしに絡ませて食べて欲しい、とのこと。戸隠流にそばは少量ずつまとめて笊(ざる)に乗ってくる。ここは、いつも馬刺しがあるので、つい一杯、飲みたくなるが、仕事が有るので止めておく。

×月×日 銀座1丁目にある「ホテル西洋銀座」が来年の5月で、営業を取りやめることになった。書棚から『四季の食卓』(鎌倉書房)を取出す。鎌田昭男、室井克義、田崎真也の名前が見える。1989年刊。定価は12,800円とある。バブル絶頂期だった。以後このような料理の豪華本は見たことがない。
 今年最後のゴブラン会の賞味会が、メインダイニングの「レペトワ」で。満席の70人。
 「ホテル西洋銀座の料理を共有できたのは、何物にも代えがたい仕合せだった」と、乾杯の音頭を取る。
 エゾシカのムース ネズの実風味の前菜から始まった。エゾシカをムースにするという発想が面白い。ネズの実は、ジンの原料だ。香りが利いている。
 魚料理はアイナメのオーヴンポシェ 柚子と生姜の香るバターソース。フォンを使わないで、あっさりと仕上げている。柚子は、今フランスのシェフの間で、もてはやされているようだ。
 肉料理はフランスのシャラン産鴨肉のロースト マールのブランディーソース。鴨の風味と濃厚なマールのソースが上手にマッチングしている。
 山羊のフレッシュチーズと無花果(いちじく)のケーキ仕立てヴァニラ入りオリーブオイル。実にフレッシュなチーズで、デザートの一品とみてもいい。
 デザートには焼きたてのチョコレートタルト ローズマリーアイスクリーム添え。ビターなチョコレートが、今までの料理を確りと締めてくれた。
 ワインは、白、赤ともルイ・ジャドー社の「コトー・ブルギニヨン」の2011年。今年から発売された新しいAOCだ。白はシャルドネとアリゴテ。赤は、ピノノアールにガメイが入る。それぞれの割合は秘密とのこと。
 ブルゴーニュでも、ボジョレイ地区のワインの売り上げが伸びないこともあって、新しい消費者層を開拓するという目論見があるのだろう。白が豊かな香りだった。

×月×日 東京会館で「本間長世先生の思い出を語る会」。日本アスペン研究所の小林陽太郎理事長、評論家の粕谷一希氏、元国連事務次長の明石康氏などが追悼の挨拶。秀才で交友関係が広い人だった。私は千枝子夫人を通してのお付き合いだったが、新聞社から大学に転じる際に、推薦状を頂いた。

×月×日 中村勘三郎が亡くなった。NHKの夜のニュースで、武田アナが「あまりにも早い死でした」と言っていたが、アナウンサーの発言としては、議論が分かれるところだろう。アナウンサーがどこまで主観的なコメントを発言できるのか。大先輩で歌舞伎通の山川静夫アナが、取材に応じていただけに、違和感が残った。

×月×日 『東京いい店うまい店』(文藝春秋)が発売になった。類書は、あまた有るが長年使っているので、馴染みがある。本文のエディトリアル・デザインが変わった。この種の本は、「マンネリこそが命」というところがあるから、「誌面改革」は、難しい。

×月×日 菊池寛賞の授賞式。高倉健が受賞したので期待して行ったら、ご本人は欠席だった。
 久しぶりに津本陽さんと邂逅。向こうから声を掛けていただいたのに、一瞬、顔が一致しなかった。大変失礼しました。
 腰痛に悩まされて手術を受けたが、なかなか完治しないとのこと。

×月×日 銀座1丁目のフランス料理、「ドンペリニオン」のシェフだった青木健晃(たけあき)さんが4丁目に開いた、「ル・ボーズ」。フォアグラと根セロリ、牛タンの赤ワインソースなど。力が入っているが、そこを見せないところが秀逸。姿勢の良い端正な料理。
 ワインジャーナリストの柳忠之さん、料理関係のフリー編集者などと。(12・12・11)
重金敦之(しげかね・あつゆき)

1939年東京生まれ。元朝日新聞社編集委員。「週刊朝日」編集部在籍時に池波正太郎、松本清張、結城昌治、渡辺淳一など多くの作家を担当した。大学教授を経て、文芸ジャーナリスト。食の分野にも造詣が深く、料理に携わる人たちからの信頼も厚い。日本文藝家協会、日本ペンクラブ、食生活ジャーナリストの会、各会員。『すし屋の常識・非常識』(朝日新書)のほか、『作家の食と酒と』『編集者の食と酒と』『愚者の説法 賢者のぼやき』(いずれも左右社)。最新刊に『食彩の文学事典』(講談社)、『ほろ酔い文学事典』(朝日新書)。