第31回 カワハギの肝和え、日本酒「泉川」の槽口(ふなくち)、村上の「越後流」、牡丹(猪)の粕汁、香箱蟹

×月×日 イタリア中部の有名なワイン産地モンタルチーノの醸造元カーゼバッセの蔵に何者か侵入して、樽の栓を抜き去った。6万2000リットル、約6億円のワインが床に流れた。トラブルが有ったのは間違いないが、やることがえげつない。
 その昔、フィレンツェの三ツ星レストラン「エノテカピンキオーリ」のワイン蔵に爆発物が仕掛けられ、高価なワインが被害に遭ったことがある。
 マフィアの仕業かどうかは分からないが、日本人の犯罪者の思考には、あまりない犯行だ。

×月×日 最近ときどき居酒屋に子供づれで来ている若夫婦を見かける。孫を連れてきて、自分は酒を飲んでいる爺さん、婆さんもいる。ファミリーレストランとの区別が無くなってきたようだ。
 昔の子供は、駄菓子屋で酢昆布とか水あめを「買い食い」したものだが、近ごろは塾帰りの小学生がコンビニエンスストアで、おでんを「買い食い」している、

×月×日 没後一年の追善企画とかで、シネマ落語&ドキュメンタリーの「映画 立川談志」を東劇で。「スクリーンで観る高座」は、「やかん」と「芝浜」。多芸多才の持ち主であることは、よくわかるが、どうも「人情噺」は、似合わない気がする。アクが強すぎるからか。
 没後は、やたらと談志の「芝浜」を持ち上げすぎだ。
 それにしてもJR山手線の田町と浜松町間の新駅の名前は、「芝浜」にはならないだろうな。

×月×日 久しぶりに銀座の「いまむら」へ。
 カワハギの刺身に、カマスの西京漬け。
 会津坂下(ばんげ)の廣木酒造の銘酒「泉川」の槽口(ふなくち)が入ったとのこと。
 微かに発泡が有り、はじけたアルコールに初物を感じる。

×月×日 渋谷の東急東横店の酒売り場。新潟県村上市の大洋酒造の試飲会が行われている。お目当ては、純米吟醸の「越後流」だ。
 もう、20年も前になるだろうか、今は新潟県関川村の村長を務めている平田大六さんが社長時代に蔵へ見学に出かけたことがある。
 蔵の人と話をしていたら、なんと大六さんの4男、州(しゅう)さんだった。柔道に熱心だった大学時代の経験を活かして、今は立派な営業マンになっている。
「東急東横店の酒売り場のお客さんは、酒に詳しく、自宅で楽しむ人が多い」という。
 前の週は伊勢丹の立川店。渋谷へ来て、翌週は新潟の伊勢丹と三越。クリスマスを過ぎると、埼玉県浦和の伊勢丹へ。来年もまた渋谷の東急東横店に戻ってくるとのこと。

×月×日 恵比寿の「京しずく」へ。来年刊行予定の出版社の担当編集者と打ち合わせ。
 牡丹(猪)の粕汁。向付(むこうづけ)は、ブリの湯霜と寒の鯉。ズワイガニの雌、香箱蟹(こうばこかに)の焼き物など。イタリア料理のバーダカウニャを一瞬思い起こした。ご飯は珍しくズワイガニの雑炊。

×月×日 知らなかった喪中の知らせが届いたり、葬儀に行けなかった時は「喪中見舞い」として線香を贈るといい、と盛んにテレビで宣伝している。
 だいたい「喪中見舞い」という言葉は無い。「暑中」と「寒中」が有るからだろうが、単なる語呂合わせ、駄洒落に過ぎない。まさか、「喪中見舞い」という熨斗紙(のしがみ)は用意されていないと思うけれども、分からない。こういうところから、日本語が崩れていく。
 喪中のはがきを貰ったら、賀状は出さないのが常識だが、お歳暮は議論が別れるところだ。まあ、その人との関係だから一概には決められない。
 一度、喪中とは知らずに、賀状を出したら、
「喪中につき年末年始のご挨拶を遠慮いたします」という本来は、前の年に出すべき墨枠のはがきで返事がきたことがあった。そんな遠い実家の祖父母の逝去など、いちいち知らないっつうの。
年明け早々から、こんな失礼なことは無い。まあ、相手が帰国子女だったから、日本の常識に疎(うと)かったのだろうと赦(ゆる)すしかなかった。
 そんなことより、年が明けて松の内に喪中の人と会うことがある。会社の同僚や上司で、良くあるケースだ。
 たとえば4日の仕事始めの日に、前の年に不幸があった上司には、「おめでとうございます」という挨拶は避けるのが普通だ。ただ、「本年もよろしくお願いいたします」とだけ言えばいい。
 ときどき当の本人が、喪中であることを忘れたのかどうか、向こうから「おめでとうございます」と明るく挨拶してくることがある。もちろん、本人も「おめでとう」というべきではない。「年始の挨拶は欠礼します」と、自分から言っているのだから、忘れてもらっては困る。
 この場合も「帰国子女」と思って、致し方ないと思うしかない。(12・12・19)
重金敦之(しげかね・あつゆき)

1939年東京生まれ。元朝日新聞社編集委員。「週刊朝日」編集部在籍時に池波正太郎、松本清張、結城昌治、渡辺淳一など多くの作家を担当した。大学教授を経て、文芸ジャーナリスト。食の分野にも造詣が深く、料理に携わる人たちからの信頼も厚い。日本文藝家協会、日本ペンクラブ、食生活ジャーナリストの会、各会員。『すし屋の常識・非常識』(朝日新書)のほか、『作家の食と酒と』『編集者の食と酒と』『愚者の説法 賢者のぼやき』(いずれも左右社)。最新刊に『食彩の文学事典』(講談社)、『ほろ酔い文学事典』(朝日新書)。