第33回 乾杯はビールか日本酒か キール 年賀状 「脱げども 脱げども ユニクロ」 「大波小波」80年

×月×日 新年、明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いいたします。まずは、平平凡凡たる常套的な挨拶から。
 手あかのついた言葉、という表現があるが、これほど手あかのついた言葉もない。しかしここは、この言葉から始めないと、どうも恰好が付かない。
 確か五木寛之さんのエッセイに有ったはずだが、「手あかがついたからと言って、どこが悪い」と、「手あか」を擁護していた。ビールの枕詞になった「とりあえず」といった程度のことだ。
 ところで、京都市では、日本酒の普及を図るため、「乾杯はビールではなく、日本酒で」という条例を市議会が全会一致で定めた。酒造りの街、伏見を抱える京都ならではだ。
 もちろん、昔はビールで乾杯などはしなかった。日本酒を用いた。「昔」とは、いつごろを指すのか、と正面から尋ねられると困るが、戦争前まで、と考えれば良いのではないか。第二次世界大戦以前だ。
 生まれてはいたが、酒を飲む年齢には至っていなかったから、そう詳しく知っているわけではない。鮨屋にビールを置くようになったのも、そんなに古いことではない。
 フランスの代表的食前酒「キール」だって、ブルゴーニュのディジョン市が、特産のカシス(黒スグリ)のリキュールとアリゴテ種の白ワインのセールス・プロモーションのために、市長が音頭を取った。それが、世界的な食前酒になり、日本でも居酒屋で女性が飲むまでに至った。
 日本酒業界が伸び悩んでいるのは常識だが、かといって日本酒造組合が一致団結してキャンペーンに取り組んでいる姿勢は見えない。
 正月のテレビコマーシャルでは、ビールメーカーが乾杯にふさわしい酒として、ビールを盛んに売り込んでいる。酒の販売合戦は熾烈な一年となることだろう。
 だけど、「乾杯」も文化だからなあ。罰則は無いものの、条例で定めるようなことなのか、今ひとつ釈然としない。

×月×日 年末に池波正太郎さんの夫人、豊子さんの訃音が届いた。享年90。最期まで、タバコを手放さなかった。通夜の席で、各社の古い編集者と顔を合わす。
 いかにも下町のおかみさんを彷彿とさせる豊子夫人の、歯切れのいい口調が懐かしく思い出される。

×月×日 ある先輩からの賀状に、「80を超える来年から、賀状は廃止したい」と添え書きが有った。そう、一方的にいわれても、と考え込む。年配の画家や漫画家にも、同様の流儀を宣言している人がいる。
 年賀状は「虚礼」という論争は古くからある。最近は宛て名まで印刷する人が多くなったから、ますます「虚礼」と言われるのだろう。その分、近況等、文章の量が増えたのはいいことだ。昔は、「謹賀新年」だけで余計なことは、書かなかった。ましてや、家族の写真などを印刷するなんていうことは、考えられなかった。
 もちろん、仕事関係のいわば「公用」と私的な「友人」関係とでは違う。それだけ、「遊びごころ」というか、ポップな雰囲気が広まったということだろう。
 私も80になってみないと、分からないが自分から「宣言」するほどのことでもないような気がする。新しい知人を得て、賀状が増えていく状態では、こちらから止めるつもりはない。

×月×日 大学教授でミステリーに詳しい評論家のMさんからの賀状に、奥さんが四国の温泉で詠んだ句を紹介している。「脱げども 脱げども ユニクロ」には笑った。Mさんは「分け入っても 分け入っても 本の山」と自虐的だ。
 もちろん「種田山頭火」の「分け入っても  分け入っても 青い山」を借りている。
 周囲を見回し、「嫌われても 嫌われても ◯◇×▽」と人名を当てはめて、日頃の鬱憤を晴らす人もいる。

×月×日 フェイスブックの画像を見ていたら、スーパーのアルバイト募集のポスターに「年齢不当」とあった。「年齢不問」のつもりだったのだろう。なぜ、このような誤りが生まれたのか。私の推理は、次のようなものだ。
「年齢不問」の「不問(ふもん)」を、この人事担当者は「ふとう」と読むものと思っていたのだろう。
 私は絶対に使わないが、「だれだれに問(と)うてみた」とか、「……と、問うた」という文章をよく目にする。「問」を「もん」と読むことを知らなかったのだ。訪問、質問、諮問、尋問から拷問まであるのに。字義は、門の中に入って尋ねる意だ。だから「不問」は、「問わない」。年齢は、何歳でも構いませんよ、という意味になる。「年齢不当」では、何がなんだかわからない。
 そういえば30年ほど前になるが、渋谷のJRA場外馬券売り場前の路上で開催日になると、オバサンがヤミで両替をしていた。その小さな屋台の前のチラシに、「両親的」と、長いあいだ書かれていたのを思い出した。「良心的」のつもりだろう。確か雑誌「言語生活」にも紹介されたはずだ。
 「早く競馬から足を洗いなさい」という親心だったのかもしれない。

×月×日 東京新聞の名物匿名(とくめい)コラム「大波小波」が、80年を迎えた。元日の新聞に「大波小波80年」という特集を組んでいた。匿名と言っても、筆者はテーマごとに仮の筆名(署名)を用いているから、正体がなかなか分からない。もし同一の筆名だったら、その専門分野、主張、趣味、偏見などの傾向から特定されることもあるのだが。
 ますますのご発展をお祈りする。

 それでは、今年も一年よろしくお付き合いください。(13・1・9)
重金敦之(しげかね・あつゆき)

1939年東京生まれ。元朝日新聞社編集委員。「週刊朝日」編集部在籍時に池波正太郎、松本清張、結城昌治、渡辺淳一など多くの作家を担当した。大学教授を経て、文芸ジャーナリスト。食の分野にも造詣が深く、料理に携わる人たちからの信頼も厚い。日本文藝家協会、日本ペンクラブ、食生活ジャーナリストの会、各会員。『すし屋の常識・非常識』(朝日新書)のほか、『作家の食と酒と』『編集者の食と酒と』『愚者の説法 賢者のぼやき』(いずれも左右社)。最新刊に『食彩の文学事典』(講談社)、『ほろ酔い文学事典』(朝日新書)。