第34回 大間のクロマグロ、氷見の鰤(ブリ)、シャンパーニュの3ℓ壜、1953年のポートワイン、鰊(ニシン)の棒煮

×月×日 雑誌「サライ」のインタビューを恵比寿駅近くで受けてから、銀座の「いまむら」へ年始の挨拶がてら出かける。が、今村英太郎さんが風邪でダウン。お茶だけご馳走になって、学芸大学の鮨処「小倉」へ。
 初セリで1億5千万円の値段が付いた青森県大間のクロマグロが話題になる。
 仲買のセリは、キロ単位で金額の数字を指で示すのだが、周囲の仲卸の連中は、キロ5万円とか6万円とか思っていたらしい。そのうち様子がおかしいと見ていたら、なんと一桁違って、キロ70万円だった。
 キロ5万円でもかなりの高級品で、稀有なことだ。キロ500円という超安価なマグロを探しに来るすし屋もいて、またその要求に応じる店が存在するのも築地なのだ。
 競り勝った「すしざんまい」を経営する喜代村の木村清社長は、セリに参加できる仲卸の権利を取得している。香港資本の「板前寿司」グループの依頼を受けて、負けた仲卸のY店は、周囲からのブーイングを受けて来年は手を引くと言っているらしい。築地の話しは、商売がらみで腹の探り合いだから、どこまでがホントなのか、部外者にはなかなかわからない。

×月×日 知人の息子で小学校5年生の男の子が墨汁を使って書き初めの宿題に挑戦していた。最近の小学校の書道の時間では、硯(すずり)で墨(すみ)を摺(す)ることはしない、という。墨を摺る時間がないのだ。時間がないというか、節約するというか、合理的に考えて、墨汁を選んだのだろう。
 私の子供の頃は、「墨汁を使ってはいけない。墨を摺ることで、精神を集中させる」と教えられた。ゆとり教育と言っても、カリキュラムを消化するのに、汲々としているのが実状なのだろう。
 それにしても、墨汁のメーカーは大変な売り上げに違いない。もしかして、墨汁メーカーの陰謀だったりして。
 毎日新聞によれば、文科省は、「週6日制」を検討するらしい。総理大臣が変わるたびに「学校教育」の基本的な骨法が右往左往するのは、いかにもみっともない。

×月×日 友人のアシダソムリエの還暦祝いとワイン仲間の新年会。中野の「ふく田」で。乾杯はG.H.マム コルドン ルージュ ジェロボアム(3ℓ)。サプライズは、60年前のポートワイン。1953年のロイヤル オポルト コルエイタ。
 料理は鰤(ぶり)しゃぶ。氷見産の11キロ。先輩が愛知県の犬山市から駆け付けてくれた。

×月×日 テニス仲間の新年会。4時にテニスを終えて、学芸大学駅前の「やぶそば」。
 ここは昭和9年創業というから、私が生まれる前からある。住宅地にある昔のそば屋やすし屋は、昔から昼間の休みを取らずに通しで営業するのが普通だった。出前に応じるから、という理由もあったのだろう。
 終戦直後は、竹製のせいろの器が無く、瀬戸物の皿にそばを盛って出していたのを覚えている。
 おでんと味噌田楽、ニシンの棒煮など。お互いの健康を祈念して、軽く一盞(いっさん)。

×月×日 虎ノ門の金刀比羅宮へ詣でる。初金毘羅のお参りの人は、年々少なくなっていくようだ。折よく七福神の参拝に出会う。
「開運のお札(ふだ)は、こちらより出まあーす」と言う独特の声も聞かれなくなった。
 今年の恵方は、「巳と午の間の丙(ひのえ)の方角」と言われても、すぐには分からない。真南からほんの少し、東に寄ったところ、といわれれば、少しは分かる。
 恵方は、すぐに来る節分の「恵方巻き」の時にも、話題になる。
 今年も、ものすごいスピードで一年が経過しそうだ。「2月は逃(2)げる」、「3月は去(3)る」と、昔から言われてきた。

×月×日 大阪市立桜宮高校のバスケット部主将が顧問の教師から体罰を受けたのを苦にして、自殺したニュースは悲惨だ。
 10発以上も殴るというのは、常軌を逸している。もはやリンチ以外の何ものでもなく、
 性格異常者としか言いようがない。こういう人が長いあいだ、教師を務めていて、支持する保護者もいるということがおかしい。
 元巨人軍の桑田真澄投手の談話が、各紙に掲載されたが、説得力がある。甲子園大会で彼が打った本塁打を球場で見たが、その当時でも、「練習中に水を飲むな」という「指導」が通用していた、というから驚く。(13・1・17)
重金敦之(しげかね・あつゆき)

1939年東京生まれ。元朝日新聞社編集委員。「週刊朝日」編集部在籍時に池波正太郎、松本清張、結城昌治、渡辺淳一など多くの作家を担当した。大学教授を経て、文芸ジャーナリスト。食の分野にも造詣が深く、料理に携わる人たちからの信頼も厚い。日本文藝家協会、日本ペンクラブ、食生活ジャーナリストの会、各会員。『すし屋の常識・非常識』(朝日新書)のほか、『作家の食と酒と』『編集者の食と酒と』『愚者の説法 賢者のぼやき』(いずれも左右社)。最新刊に『食彩の文学事典』(講談社)、『ほろ酔い文学事典』(朝日新書)。