第35回 濱野彰親、永井荷風、黒田夏子、元横綱大鵬(納谷幸喜)、麿赤兒

×月×日 中学時代のクラス会、自由が丘の状元楼で。11人が出席。話題は、尖閣、アベノミクスと多岐に及んだが、最近のテレビがつまらないという意見が多かった。つまらない、というよりお笑い番組が多く、なんで笑うのか分からない、というのだ。
 以下は、代表的な意見。
 お笑いタレントが自分の喋りに自分で笑っているのは、おかしい。
 NHKも、最近はお笑いタレントを多用するようになった。NHKの民放化は嘆かわしい。
 今年のNHKの大河ドラマ、「八重の桜」は、昨年よりは期待できるのではないか。
 私の意見を言うと、地上波では大げさではなく、ニュースとスポーツ中継を除くと、ほとんど見る番組は無い。しかし、NHKの朝7時のニュースでは、ときどき自社番組の「前宣伝」みたいなPRニュースが放映される。品格が無い。
 かつて「週刊文春」が、かなりテレビ批判を繰り返していたが、あまり効能は現れなかった。

×月×日 BS朝日の番組、「文豪たちの食卓(仮題)」について出演、というのか、録画撮り。浅草の「池波正太郎記念文庫」で。
 浅草寺にお参りして、文京区弥生町の「挿絵画檀の重鎮—濱野彰親(はまの・あきちか)展」へ回る。テーマは、「モノクロームへの眼差し—人間の本性を暴く—」とものものしい。
 濱野画伯は、大正15年生まれだから、今年で87歳になる。昭和21年にデビューした。浜野政雄と名乗って、漫画を描いていた時代もある。加藤芳郎らと一緒に撮った写真が展示してあったが、みんな若く、野望が顔に出ている。紙芝居作家の加太こうじと知り合い、紙芝居の絵を手掛けたこともあった。
 岩田専太郎の推輓(すいばん)を受け、流行さしえ画家となり、昭和43年に、濱野彰親と改名してから、ますます仕事量は増え、週刊誌が4~5本、新聞に月刊誌もあるから、締め切りはいつも遅れた。もちろん作家の原稿も遅れるのが普通だけれども。
 川上宗薫、菊村到らと仲が良かった。三人とも酒はあまり飲めないのによく銀座のバーで顔を見たことが有る。
 私は、松本清張の『数の風景』などの仕事を担当した。

×月×日 取材で、京成電鉄八幡駅前にある「大黒家」へ。永井荷風が亡くなる前日にこの店で「カツ丼」を食べた。鮨に鰻、天ぷらまで何でもある典型的な地方の駅前食堂。こういう店で、料理の味を云々する人がいるが、余計なことだ。
 帰りにふと思い立って、泉岳寺で途中下車。赤穂義士の墓に詣でる。やはり、参拝客が後を絶たない。日本人がいかに「四十七士」の物語が好きかということがわかる。

×月×日 芥川賞と直木賞の発表があった。史上初めての横組み小説が芥川賞を受賞したが、著者の黒田夏子がまた最高齢の受賞というのだから、驚く。せめて若い人が横組みに挑戦するのならわかるけれども。
 月刊「文藝春秋」の4月号は、どんな体裁で掲載するのか。一般雑誌で縦組みと横組みが「混在」するのも、あまり例がない。もちろん文藝春秋では初めてのことだろう。
 
×月×日 朝日新聞夕刊の「舞台/音楽」欄で、西本ゆか記者が書いた「劇団☆新感線」の劇評を読んでいたら、全部で17のセンテンスしかない文章で、名詞止めと体言止めが何と7つもある。
〈だが過去2作の登場人物が強引な設定で次々現れ、名作ミュージカルを思わせるナンバーも、しゃれのめした新感線風味に変換した舞台は、理屈など、薬味に過ぎず、ハイテンションな熱狂こそ本質なのだ、と納得させる。〉
 この記者の文章はいつもそうだ。こんな「商品」になっていない文章を読ませられるのはたまらない。デスクは一体どこを読んでいるのか。
〈麿赤兒が秀吉の妖怪ぶりを活写。〉
 舞台俳優が、「活写」するとは、知りませんでした。

×月×日 雪のため、5日後に延期となった高校サッカーの決勝戦が行われ、PK戦にもつれこんで、宮崎県代表の鵬翔が京都代表の京都橘を下して、優勝した。鵬翔は、いったん宮崎に戻って調整した。京都橘は、そのまま東京に残ったが雪の中で、思うような練習ができたのかどうか。微妙な選択だった。
 それにしても、決勝戦のPK戦は辛い。ラグビーの「抽選勝ち(じゃんけん)」も辛いが、「両者優勝」の選択は、無かったのか。

×月×日 「巨人、大鵬、玉子焼き」と謳われた名横綱の大鵬(納谷幸喜=なや・こうき)が亡くなった。
「巨人は金で、良い選手を集めてくる。私は裸一貫で強くなった」と言って、巨人と一緒にされると、不機嫌になったそうだ。なかなか口にはできない科白(せりふ)で、いい話だ。
 また、昭和の偉人が一人消えた。
sayusha