第36回 噺家が演じるワインの仕草、分子料理、酒米「強力(ごうりき)」のリゾット

×月×日 前回、朝日新聞文化欄の西本記者の文章を取り上げたが、早速、彼女の亜流(エピゴーネン)が現れた。朝日新聞スポーツ面のテニスの全豪オープンの女子シングルスで準優勝した李娜(リー・ナー)選手の決勝進出の記事が、まったく同じトーンだった。
 リズム感の無い細切れの文章は、「センテンスを短く」という新入社員教育の弊害かもしれない。文章の量が増え、談話を引用する読み物風の記事が増えていく傾向にあるのだから、それに対応する文章の「指導法」を考えなくてはいけない。しかし「指導できる上司」がいないのだろう。

×月×日 有楽町朝日ホールで朝日名人会。柳家さん喬の「棒鱈(ぼうだら)」。落語には、よく酒を飲む情景が出てくる。「試し酒」、「猫の災難」、「親子酒」、「代り目」などきりがない。それぞれ酒を飲む仕草、恰好も落語の魅力の一つだ。ちびり、ちびりと飲む噺もあれば、「試し酒」のように、両手で大盃を抱えて1升の酒を飲む噺もある。
 かつて、これからの噺家はワインを飲む仕草も必要になるだろう、と書いたことがある。柳家さん喬はマクラで、ワインのテイスティングの様子を演じた。かなりのワイン通とお見受けしたが、間違っているかしらん。

×月×日 渡辺淳一氏が、「週刊新潮」の連載コラム「あとの祭り」で2週にわたって怒っている。19の地方紙に執筆中の連載小説「愛ふたたび」が、突然16紙で、一方的に連載中止を告げられ、終わってしまったというのだ。「週刊ポスト」でも取り上げられたらしいが、どうも、表現が過激すぎるからとしか考えられないという。
 作者の言い分によると、「男性の性的不能」をテーマにすると、前もって言ってあるので、掲載する側は、分かっていたはずだ、となる。
 おそらく配信するエージェントと、各新聞社の理解が違っていたのだろう。
 私が、思うのは、過去に何度も言及したが、「新聞社に編集者がいない」ということである。それは、「書かせてやる」という、驕りの意識が新聞社に染みついているからだ。口では、「商品意識」を持てと、幹部は口にするらしいが、ほとんどが「月ぎめ契約」の読者なのだから、日によって部数に変化は生まれない。
 昔なら、主婦連やPTA団体による「不買運動」が起こったかもしれないが、現代では考えられない。日ごとに売れ行きが違えば、記事の書き方や、起用する寄稿家の起用などに工夫もみられるのだろうが、毎日決まった部数が印刷されるのだから、面白くなるはずがない。
 現在、連載を継続しているのは、日刊ゲンダイ、北國新聞、富山新聞の3紙。今までの掲載分を一挙掲載したい、という雑誌が現れたそうだ。単行本の刊行を予定している出版社の雑誌なら可能だろう。
 作者は、提訴も考えているようだが、「検閲」というほどの大げさなものでもなく、「日本ペンクラブ」ともなじみそうはない。
 今回のトラブルは、新聞社側がエージェント(配信社)に安易に頼ったツケが回った格好だ。過去にも、新聞の連載小説を巡っては、いろいろなトラブルがあった。その多くは、新聞社に記者はいても、編集者がいないところに最大の原因があるのではないか。

×月×日 映画「シェフ!」をル・テアトルシネマで。この映画館も5月にはなくなる。
 三ツ星を維持するレストランの有名シェフと彼を信奉する若者を主役とする喜劇だ。スペインで発祥した「分子料理」とレストラン・ガイド、さらに昨今のグルメブームを揶揄している。

×月×日 新橋駅近くにある鳥取県のアンテナショップ「食のみやこ鳥取プラザ」の2階のレストラン「トットリーナ」が、リニューアルすることになった。アンテナショップの食堂と言えば、郷土料理の店が普通だが、あえて鳥取県の特産品を使ったイタリア料理が、斬新だったのに残念だ。
 お別れメニューは、鳥取の酒米「強力(ごうりき)」のアランチーノ(シチリア風のライスコロッケ)から始まり、鳥取県の県魚、ヒラメのカルパッチョ風、猛者海老(モサエビ)などの前菜。次に、やはり強力米のリゾットが続いた。
 酒米の中でも「強力」は特に稲穂が高いので栽培し難く、いっときは生産する農家が減少し、途絶えたこともあった。現在人気の女性タレントの名前に似ているが、字が違う。その名の通り、炊いても力強く、米の味が一粒一粒から、滲み出てくる感じだ。
 メインは鳥取和牛のオレイン55のグリル。併せるワインは、パテルノステルのアリアニコ・デル・ヴルトゥーレ「シンテジ」06。

×月×日 松屋銀座店で、第29回「銀座 古書の市」をのぞく。「日月堂」店主の佐藤真砂さんに会う。「今は大きな歴史の転換点で、書籍が全く売れない。なぜこんな時期に、私は古本屋なんか開いているのだろうかと、考え込む時がある」と嘆いていた。
 古いアルバム、書簡、年賀状、マッチのラベル、板木、版下、映画や音楽会のプログラム、有名人の色紙等。「色物」というかニッチな隙間商品が目立つ。
 初出店の常盤書房で、安政6年生まれの浮世絵師、尾形月耕が明治34年に刊行した代表作「月耕漫画」のシリーズの内の一冊を求める。そのうち、何かの役に立つだろう。(13・1・30)
重金敦之(しげかね・あつゆき)

1939年東京生まれ。元朝日新聞社編集委員。「週刊朝日」編集部在籍時に池波正太郎、松本清張、結城昌治、渡辺淳一など多くの作家を担当した。大学教授を経て、文芸ジャーナリスト。食の分野にも造詣が深く、料理に携わる人たちからの信頼も厚い。日本文藝家協会、日本ペンクラブ、食生活ジャーナリストの会、各会員。『すし屋の常識・非常識』(朝日新書)のほか、『作家の食と酒と』『編集者の食と酒と』『愚者の説法 賢者のぼやき』(いずれも左右社)。最新刊に『食彩の文学事典』(講談社)、『ほろ酔い文学事典』(朝日新書)。