第39回 川上宗薫と笹沢左保 台湾産の鱧(はも) ヨーロッパ大人の街歩き 新聞の訃報記事 チェリャビンスクの隕石落下

×月×日 校條剛(めんじょう・つよし)氏の『ザ・流行作家』(講談社)を読了。面白い。女体の構造を追究する川上宗薫は、決して「エロ作家」ではない、と作品の一部を引用しながら主張する。文壇ではよく知られている水上勉との確執についても、精緻な検証が行われている。自宅で行われた葬式に水上勉が編集者と一緒に現れるが、水上の行動は、いかようにも解釈できる。
 ガンで入院しながらも、なお女体の追究に執念を燃やし、実行する川上の気迫には鬼気迫るものがある。
 詩人だった父親に反抗しながらも、小説を量産し続ける笹沢左保の姿も凄まじい。
 本書の最大の功績は、マガジンライターとブックライターの違いについて言及したことだ。時代は、1970年代から80年代の前半まで。小説誌が、文壇をリードしていた「雑誌隆盛期」だ。「オール讀物」(文藝春秋)、「小説新潮」(新潮社)、「小説現代」(講談社)のいわゆるご三家に、毎月のように登場していたのが、川上宗薫、笹沢左保だった。
 川上宗薫も笹沢左保も、書籍はあまり売れなかった。数字を挙げて、実証している。
 角川書店の「書き下ろし文庫攻勢」が始まる前の時代だ。今では「死語」になった感のある「流行作家」だが、雑誌の原稿料は意外に安く、本来なら、書籍で稼がなくてはならない。だが、書籍が売れないとなると、途端に版元の処遇も冷たくなる。
 笹沢が産んだ「超ヒーロー」と言ってもいい木枯紋次郎(こがらし・もんじろう)にしても、池波正太郎の『剣客商売』の秋山小兵衛に及ばない。その理由について、筆者の分析は的確で説得力がある。
 死ぬまで書き続けていなくては、「流行作家」で無くなってしまう。自転車と同じで、止まると転倒するしかない。悪く言えば、「流行作家」は「使い捨て」ともいえる。かつて「小説新潮」の編集長を務めた著者の校條剛さんは、自戒を込めて文芸出版ジャーナリズムの虚実に斬りこんだ。
 校條さんの新潮社への愛憎が、行間に看て取れる。二人の作家は、小説を書くことが好きだった。同様に校條さんも編集の仕事が好きだったのだ。

×月×日 別に取り立てた用事があったわけではないが、ミステリーに詳しい松坂健、温水(ぬくみず)ゆかり、邨野継雄の各氏に、左右社の小栁学氏を交えて、中野の「ふく田」で清談。今年、初めて郷里の宮崎から出て来た温水さんと新年のご挨拶。
 宮崎土産の焼酎「赤霧島」を痛飲。この焼酎はなぜか人気急上昇中だ。話題は多岐にわたり、大いに盛り上がった。再会を約す。
 今年初の台湾産の鱧(はも)のたたき。初物を食べると75日長生きできる、と言われるが、この75日は蕎麦の実が成るまでの日数だという説がある。
 その昔、死罪を言い渡された囚人が、「死ぬ前に何か食べたいものはなにか?」と慈悲ある言葉を受け、「今生(こんじょう)の思い出に、新そばを食べたい」と答えた。そこで、そばの種をまいて実が成るまで、刑の執行が延びたというのだ。「人のうわさも75日」ともいうが、こちらはそばとどのような関係があるのかは知らない。
 
×月×日 BS日テレの月曜午後7時、「ヨーロッパ 大人の街歩き」をときどき見る。元フジテレビの大坪千夏アナが現地に在留、活躍している日本人の案内で、都市の裏側をぶらりぶらりと散策する企画だ。
 今回のヘルシンキでは、映画「かもめ食堂」のモデルとなった「カフェ・スオミ」を訪ねていた。窓ガラスに日本語で、「かもめ食堂」の文字が見えた。

×月×日 新聞を講読しない人がますます増えてきた。特に一人住まいの若い女性は、新聞店員が、自宅へ集金に来るのを嫌う。
 銀行の引き落としまでして、講読する必要がないということなのだろう。銀行引き落としや長期契約者には、割引制度を取り入れようとしても、再販制度によってタガがはめられていて、どうにも動きがとれない。
 大きなニュースは、ネットで知ることが出来る。ネットの情報で最も弱い点は、訃報ではあるまいか。
 ジャーナリズムの原点は冠婚葬祭にあるというのが、私の持論だ。要は人事のうわさ話で、そこから多くのニュースが展開される。
 となると、新聞がネット情報に勝つためには、冠婚葬祭の中でも、訃報に力を入れるほかないのではないか。そのうち、訃報記事が社会面のかなりを占めるようになるかもしれない。

×月×日 ロシア南部のウラル地方チェリャビンスクに隕石が落下した。正体不明の石を隕石として、ネット上で売られているという。
 また、壊れた窓ガラスを国が補償する、と聞いた住民の中には、壊れていないガラスまでわざわざ壊す人もいるそうだ。日本では、考えられないことだ。日本人の美風だろう。(13・2・20)

『ザ・流行作家』の書名を誤って掲載しておりました。お詫びして訂正いたします。
重金敦之(しげかね・あつゆき)

1939年東京生まれ。元朝日新聞社編集委員。「週刊朝日」編集部在籍時に池波正太郎、松本清張、結城昌治、渡辺淳一など多くの作家を担当した。大学教授を経て、文芸ジャーナリスト。食の分野にも造詣が深く、料理に携わる人たちからの信頼も厚い。日本文藝家協会、日本ペンクラブ、食生活ジャーナリストの会、各会員。『すし屋の常識・非常識』(朝日新書)のほか、『作家の食と酒と』『編集者の食と酒と』『愚者の説法 賢者のぼやき』(いずれも左右社)。最新刊に『食彩の文学事典』(講談社)、『ほろ酔い文学事典』(朝日新書)。