第40回 高梨沙羅 菜花のシャーベット 「白い恋人」と「面白い恋人」 渡辺淳一と朝井リョウ

×月×日 BS朝日

×月×日 スキーの女子ジャンプ界、高梨沙羅選手の活躍は目を見張るばかりだ。弱冠にも達していない16歳。162センチ、49キロ。控室で各国の選手たちと一緒にスタートを待つ姿がテレビに映ったが、「ちょこなんと」という言葉がぴったりだった。大柄な外国選手のあいだで、存在感を示せるのがすごい。
 インタビューの受け答えも実にしっかりしている。家庭の教育の良さが看て取れる。
 ノルディック世界選手権大会では、銀メダルだったが、立派なものだ。

×月×日 久しぶりに恵比寿の「京しずく」へ。春の前触れとなる京料理。飯蛸、海鼠(なまこ)、蕗の薹(ふきのとう)。蟹真薯(かにしんじょ)、寒ヒラメ、鰤の焼きしゃぶなど。デザートは菜花(なばな)のシャーベット、酒粕のクレームブルレ風。菜花のシャーベットは、芥子菜(からしな)を思わせる微かな苦みがあった。

×月×日 北海道の土産品として人気の「白い恋人」と大阪の吉本興業が売り出したパロディ商品「面白い恋人」を巡る係争は、曖昧なままに和解した。曖昧というのは、「パロディ権」の存在や認知についてまで法律的に踏み込まなかったからだ。
 40年以上も昔の話になるが、写真家の白川義員(よしかず)氏とパロディ作家のマッド・アマノ氏の裁判以来、何も変わっていない。そろそろインターネット時代にふさわしい解釈が出てきても良いのではないか。
 しかし、「文化」の問題だから、司法や行政の判断に頼るのは、やはりおかしい。今回の「和解」も、そんな背景があるのだろう。となると、時間が掛かる。「文化」とは、あまり急いてはいけないものらしい。

×月×日 芥川賞と直木賞の授賞式。芥川賞を受賞した黒田夏子さんは、その年齢だけが突出して話題になっている感があるが、決してそんなことだけではなく、立派な「女子力」をお持ちだと、選考委員を代表して島田雅彦さんが挨拶した。さりげなく「私の母親と同年齢です」と付け加えるのを忘れなかった。
 直木賞の選考委員を代表して、渡辺淳一さんは、「編集者は冷たい。売れなくなったら、見向きもしなくなる。そうならないために、我欲を出して活躍してもらいたい」と激励の言葉を贈った。
「我欲を出して、指弾されない職業は作家くらいのものだ」、という言葉には説得力があった。
 さらに「この小説は、就職活動する学生もさることながら、採用業務に当たる企業の人事担当者にこそ読んでもらいたい」とは至言。
『何者(なにもの)』には、朝井リョウ自身がいうように、「5年後には誰も使わなくなっているかもしれないツイッターなどに焦点を当てた小説」だからこそ、社会性があるのだ。
「オール讀物」3月号に、渡辺淳一さんと朝井リョウさんとの対談が掲載されているが、文壇の内幕も披露して、面白く読ませる。
 渡辺さんの発言から。
「いい作家のいい小説を採用するのも編集者の仕事だけど、ダメになった作家を見捨てるのも仕事。」
「恥じらいがなくなるころが、作家の第一歩でもあるから。」
「作家になったからには、家の一軒くらい建てなきゃダメだぞ。家を作ると書いて『作家』と読むんだから。」

×月×日 光文社新書の新刊、平野芳信さんの『食べる日本近現代文学史』を読み始めたら、小川糸さんの『食堂かたつむり』は、「人間がソフトクリームに喩(たと)えられている。一方開高健の『ロマネ・コンティ・1935年』は、ワインが、人間に喩えられている」という文章に出会った。
 つまり、『かたつむり食堂』は、ただ単に比喩として食べ物を使っているにすぎない、というのである。
 小川糸と開高健を比較するのは、幕下と大関に相撲を取らせるほどの、格の違いがあるにしても、卓見だ。
 私は、別の視点から、『かたつむり食堂』を評価しないが、この一文に出会うだけでも、読む価値がある。(13・2・27)
重金敦之(しげかね・あつゆき)

1939年東京生まれ。元朝日新聞社編集委員。「週刊朝日」編集部在籍時に池波正太郎、松本清張、結城昌治、渡辺淳一など多くの作家を担当した。大学教授を経て、文芸ジャーナリスト。食の分野にも造詣が深く、料理に携わる人たちからの信頼も厚い。日本文藝家協会、日本ペンクラブ、食生活ジャーナリストの会、各会員。『すし屋の常識・非常識』(朝日新書)のほか、『作家の食と酒と』『編集者の食と酒と』『愚者の説法 賢者のぼやき』(いずれも左右社)。最新刊に『食彩の文学事典』(講談社)、『ほろ酔い文学事典』(朝日新書)。