第44回 檳瑯(ビンロウ)の種子、北京ダック、唐墨、阿里山の茶、パイナップルケーキ、佛跳牆

×月×日 台北の松山(しょうざん)空港に出迎えてくれたのは、神田神保町にある新世界菜館の傅健興(ふ・けんこう)社長の幼馴染、日本で医学博士号を取得した王正潭(おう・せいたん)先生。台北滞在中のホテル、三徳大飯店に荷物を預けて、市内観光へ。
 案内していただけるのは、ヒマラヤ遠征にも参加したことがある張玉龍(ちょう・ぎょくりゅう)さん。日本の山岳家にも知り合いが多い。1919年に建造され、赤いレンガが歴史を感じさせる総統府。蒋介石の功績をたたえる中正紀念堂は広大な敷地に建てられている。中正は、蒋介石の本名。
 中華民国を建国し、「国父」とたたえられる孫文の紀念館は中山公園の中にある。折よく儀仗兵の交代式に出会う。1時間、表情一つ変えないのは、訓練の賜物だ。陸海空の兵隊の中でも、選(え)りに選られたエリート兵だ。兵隊の中で、最も給料が高い。もちろん訓練はとてつもなく厳しいはずだ。
 パワースポットとして名高い龍山寺の雰囲気は、まさに台北の「浅草」。18世紀に創建された台北最古の寺院だ。宗旨としては道教の教えで、学問、健康、商売、航海、漁業、良縁など多くの功徳があると伝えられ、善男善女が熱心にお祈りを続けている。
 龍山寺近くの三水街(サンシュイジエ)をぶらりぶらり。日本の統治時代からある屋台街で、言ってみれば「立ち食い通り」だ。毎日が「縁日」と思えばよい。
 檳瑯(ビンロウ)の種子を売っていたので、試しに一粒を口に含んでみる。軽い酩酊感と高揚感がある。口のなかが赤くなり、その色素は胃に悪いので吐き出す。勝手に路上に吐き出すと罰金が科せられるので、コップを渡してくれる。ケイタイ灰皿のようなものだ。
 関東煮、刺身といった「日本料理」の店もあり、大分長いこと陳列されっぱなしになっているので、ラベルがぼろぼろになっている「月桂冠」の一升壜が置いてあった。
 烏賊(イカ)の鉄板焼きや家鴨(アヒル)のあぶり焼きなど、これから屋台を組み立てるところだった。
 夜は、レストラン「真北平」。台湾には珍しい「全店禁煙」のお店。金曜日とあって会社帰りのサラリーマンやキャリアウーマン風の人たちで賑わっている。しゃぶしゃぶの鍋を楽しむ人が多い。
 初めて、「田鰻(たうなぎ)」の料理を食べた。本物の鰻よりも、あっさりして、淡泊な味わいだ。北京ダック、茹でた海老、葱パンなど好きなものを食べて、満足、満足。

×月×日 今回の旅の最大の目的は故宮博物館にあった。9時の開館前からすでに大型観光バスが待っている。多くは中国(大陸)からの観光客だ。最大のお目当ては、「翠玉白菜」。高さ約19センチの彫り物の青い部分には、キリギリスとイナゴの姿がある。
 嫁に行った先には、「二匹の悪い虫」がいるのを指す「謎かけ」という説もあるそうだ。
 陶器、磁器の歴史を概観できたのは、素晴らしかった。中国からの観光客が増えて、マナーが悪くなった、と学芸員が嘆いていた。大声でしゃべるは、撮影禁止を無視してスマホを向けるなど、まさに傍若無人。
 昼食は館内のレストラン、おいしい飲茶だったが、残念ながらアルコールが無い。それぐらいは、我慢しなくてはいけない。
 すべての秘宝を見るには10年かかるといわれるが、6時間ほどで退出。しかし充分に満足した半日だった。
 18世紀に、大陸から渡ってきた移民たちが水運を利用して発展した商店が並ぶ迪化街(ティーホァジエ)へ。通称は「問屋街」。
 名産の唐墨(烏魚子)は、ちょっと季節が外れていた。鯔(ボラ)も天然、養殖とあり、卵も屑を集めて成形した粗悪品も出回っているそうだ。
 1時間ほど酒に浸してからフライパンで焙って表面の薄い膜を焼く。5ミリほどの厚さで斜めに切って、直火で軽く焙るのが、台北式食べ方だという。
 三大乾貨といわれるのが、鱶の鰭(フカのヒレ)、海鼠(ナマコ)、鮑(アワビ)。鱶の鰭は戻すのに時間が掛かるが、すでに味が付いている品もある。さすがに私も、中華料理の乾貨に挑戦したことはない。恐らく、これからもないだろう。
 高仁茶荘の高泉仁さんに、台湾茶の精髄を味あわせてもらった。また、お土産として人気が高い「鳳梨酥(パイナップルケーキ)」の銘店「毅盛烘焙坊」に行く。政府主催の「パイナップルケーキ・コンクール」で、一位に輝いたことがあるという。ショートケーキや菓子パンなども、見た目には東京の店と変わらない見事な出来栄えだった。「烘焙坊」とは、ベーカリーの意味だろう。
 夜の食事は北投温泉の「湯世代」で、福建省料理の高級スープ、佛跳牆(ぶっちょうしょう=フォーティャオチァン)の饗宴。通称は「ぶっとびスープ」。時間を掛けてもどした多種類の乾貨を瓶(かめ)に入れて蒸し上げたもの。一週間ほど前から予約が必要だ。あまりの香りの良さに、坊さんばかりか、仏さんまで塀を跳び越えてやってくるところから名前が付いたというのが通説だ。
 臭豆腐の香りがするので、王先生に尋ねてみたら塩漬けの筍だった。ラーメンの上に載っているメンマ(しなちく)だ。本来は乳酸発酵食品で、調味料としても用いられる。
 蒸し上げた台湾地鶏が素晴らしかった。放し飼いで育てられただけに、身が引き締まり、本来の鶏の香りと味がしっかりと感じられる。(この項続く)(13・3・27)
重金敦之(しげかね・あつゆき)

1939年東京生まれ。元朝日新聞社編集委員。「週刊朝日」編集部在籍時に池波正太郎、松本清張、結城昌治、渡辺淳一など多くの作家を担当した。大学教授を経て、文芸ジャーナリスト。食の分野にも造詣が深く、料理に携わる人たちからの信頼も厚い。日本文藝家協会、日本ペンクラブ、食生活ジャーナリストの会、各会員。『すし屋の常識・非常識』(朝日新書)のほか、『作家の食と酒と』『編集者の食と酒と』『愚者の説法 賢者のぼやき』(いずれも左右社)。最新刊に『食彩の文学事典』(講談社)、『ほろ酔い文学事典』(朝日新書)。