第49回 新キャベツのスパゲッティ、電車の中の猫、開高健記念館、権太楼の「大工調べ」、精進揚げ、小柱の蒸し寿司

×月×日 散髪の後、近くの東急大井町線緑が丘駅前のイタリアン「コルニーチェ」で昼食。
 白身魚と新キャベツのスパゲッティが良かった。グラスのスプマンテとガビデガビを一杯ずつ。ガビデガビは北イタリアのピエモンテ州の白ワイン。昼なので適量ということにしておこう。

×月×日 毎日新聞の投書欄に52歳の女性が、「電車の中で猫の世話?」が掲載されていた。電車の中に乳母車のネコを連れてきて、櫛(くし)で毛をとかし、餌をやりながら、話しかけていたのに、違和感を覚えたという。
 ビニールを敷き、櫛に付いた毛は紙でふき取り、ポケットに入れた、とある。投書した人は、公園か家でやってほしい、と書いていた。まったく同感だ。猫アレルギーの人もいる。女子高校生の化粧(最近は確かに減りました)と同じだ。明らかに迷惑行為だ。
 私の家の周囲に、餌をやりにくる女性がいて、実に腹立たしい。皿を持ってきて、綺麗に片づけていくから、保健所の「カラスが残った餌を食べますから、猫の餌やり禁止」という立て看板も、蛙の面に小便だ。
 私も、猫や犬を飼ったことがあるから、動物をかわいがる心理はわかるが、周囲への影響を考えてもらわないと困る。「ねこかわいがり」という言葉があるが、周囲が見えなくなっているのだ。
 投書のケースは、明らかに動物愛護法か迷惑防止条例に触れるのではないか。駅員か車掌に連絡すれば良い。私が乗り合わせていたら、ひと言、注意したろう。本人は、百も承知で、「あんたに、いわれたくない」などと反論するに違いない。
 このケースの本人は、乗客に見せたがっているのではあるまいか。さびしい人だとは思うが、同情はできない。

×月×日 茅ヶ崎の海岸近くにある開高健記念館へ。1974年に東京杉並から移り住んでいた住居に資料を展示した。ボランティアの人たちが支えている。開館は、毎週金曜日と土日祭日だけ。ボルドーの銘醸ワインが、埃(ほこり)をかぶったまま、所在なげに横になっていた。あのワインはただ劣化するだけだ。侘(わび)しい。
 主がいなくなった家は、どこか寂しさが現れる。不思議なものだ。

×月×日 有楽町の朝日ホールで、朝日名人会。4月から支配人に就任した元週刊朝日編集長の山口一臣さんにばったり。受付でお客さんを迎えていた。慣れない仕事だけに、苦労も多いとは思うが、活躍を祈って握手。激励になったか、どうか。
 春風亭一之輔の「雛鍔」、古今亭志ん輔の「黄金餅」で中入り。「黄金餅」は志ん生一門の得意ネタ。膝替わりが柳家さん喬の「あくび指南」。
 トリが柳家権太楼の「大工調べ」。成り上がりものの家主と親の代からの棟梁の啖呵の切りあいに、与太郎が絡む落語の古典。熱演だった。
 落語がハネて、雨の中を中目黒の「芙蓉庵」で蕎麦。人気の高い、柚子(ゆず)切もそろそろ終わりだろう。
 最近は、どこでも精進揚げを「野菜の天ぷら」と呼ぶようになった。いつのころからか。やはり残しておきたい「食の言葉」が消えていく。鴨の塩焼きが美味かった。

×月×日 3月12日に亡くなった北原亞以子さんの「お別れの会」が4時から東京会館で。発起人は、渡辺淳一さん、高橋三千綱さんなど。津本陽、逢坂剛、五木寛之さんなどの作家に、俳優の高橋英樹さんなど。富士真奈美さんのお別れの言葉が、印象に残った。
 東京吉兆の湯木俊治、銀座のレストラン「カシュカシュ」の斎木辰也さんらの姿も。編集者は大村彦次郎、峯島正行、川野黎子さんら。前銀座百点編集長の斎藤美子さん、現編集長の滝田恭子さんも久しぶり。
 帰途、一人で銀座「いまむら」へ。「小説現代」5月号のグラビア「江戸料理〚旬の肴〛春を読む、味わう」で、料理を作ってもらった。その一品「小柱の蒸し寿司」が良かった。

×月×日 ゴールデンウィークは、「東京が熱い」そうだ。歌舞伎座、スカイツリー、新宿伊勢丹、東京駅など、新装や改装されたところが人気らしい。
 円安を待っていたかのように、銀座の外人観光客の姿が増えた。

×月×日 到来物の筍(タケノコ)で筍ご飯を炊く。今の季節、空豆、グリンピース、アスパラガスが、美味。それぞれ単純に茹でただけで、充分おいしい。「旬」という言葉を実感する。
 その一方で、燃料代の値上がりで、佐賀、長崎のイカ釣り舟が休漁している。
 残念なことだ。(13・5・1)
重金敦之(しげかね・あつゆき)

1939年東京生まれ。元朝日新聞社編集委員。「週刊朝日」編集部在籍時に池波正太郎、松本清張、結城昌治、渡辺淳一など多くの作家を担当した。大学教授を経て、文芸ジャーナリスト。食の分野にも造詣が深く、料理に携わる人たちからの信頼も厚い。日本文藝家協会、日本ペンクラブ、食生活ジャーナリストの会、各会員。『すし屋の常識・非常識』(朝日新書)のほか、『作家の食と酒と』『編集者の食と酒と』『愚者の説法 賢者のぼやき』(いずれも左右社)。最新刊に『食彩の文学事典』(講談社)、『ほろ酔い文学事典』(朝日新書)。