第50回 『先生!! 原稿下さい。』、横浜ロイヤルパークホテル、工藤宜さんの死

×月×日 「小説現代」連載中の中島守男の漫画、『先生!!原稿下さい。』が、講談社から単行本になった。作家の柿内十鉄(かきうち じってつ)と心出版社の担当女性編集者の木村紗和(きむらさわ)との原稿執筆をめぐる丁々発止のやり取りが面白い。
 原稿の争奪戦は、原稿を忘れて意外な方向へ進展していく。

×月×日 親戚にお祝い事が有ったので、ささやかに横浜ロイヤルパークホテルでランチ。
 横浜のランドマークタワーというだけあって、眺めは最高だ。普段は海や山の姿が窓から見える生活をしてないだけに、印象深い。ゴールデンウイークの真っ最中だけに、満員。
 日本人の生活のある意味での豊かさを実感する。しかし、バイキングというかビュッフェにはそれなりのマナーが有るのだが、体得するには経験と時間が必要だ。

×月×日 元週刊朝日編集長で、佐渡の通信局長を務めた工藤宜(くどう・よろし)さんが、亡くなった。
 私が、東京オリンピックの年に当時は有楽町にあった朝日新聞社に入社し「週刊朝日」に配属された時、隣の席に居た人が宜さんだった。
 机の上は、取材のメモに使った大学ノートや資料が山積みになっていて、下の方から、ときどき小さなゴキブリが顔を出した。山と積まれた下の方のノートを気が付かれないように抜き出しては、ゴミ箱に無断で捨てたこともある。
 週刊誌の記事の書き方は、人によって流儀が異なる。工藤流は、担当した部員と一緒に取材に出かけた。天才肌の人で、壺にはまると素晴らしい原稿を書くが、あまり気分が乗らないと、普通の記事になってしまうこともあった。
 やがてデスクから編集長を務めるが、自分の趣味というか主張をはっきり前面に出すタイプだった、多少風変わりといってもいい。万人向けでない企画でも、自分が良いと思い込んだら、通すことが有った。
 編集長から、出版局のニューヨーク駐在に転じた。どちらかというと、不遇な時代だったのだろう。その結果オペラに魅せられたのが、のちの人生に幅を広げることになったのだから、人事異動というのは、なにが幸いするかわからない。
 帰国後、佐渡の通信局長に志願して赴任した。異例の人事で、定年を控えたベテラン記者の「活用」という見地から、「快挙」という賛辞もあったが、何も編集長まで務めた人が、通信局長までやらなくても……という冷ややかな声が有ったのも事実だ。佐渡に「サンデー毎日」の記者が訪ねてきて、記事にもなった。
 その時の連載記事が、『佐渡にんげん巡礼』(新潮社)で「大宅壮一ノンフィクション賞」の候補になったが、残念ながら、受賞するまでには至らなかった。この作品が受賞していたら、宜さんは大きな飛躍を遂げたはずだった。他にも、『江戸文人たちのスクラップ』(新潮社)、『朝敵の世紀』(朝日新聞社)、『日本国憲法』(朝日文庫)など多くの著作が残っている。
 ニューヨークから帰ってくると、新聞に社交界担当記者と酒文化担当記者が必要だと力説していた。日本に「社交界」が存在するのかどうかもわからないし、宜さんには「社交界」は似合わない。そこで生まれたのが、新潟県の幻の酒造好適米、「亀の尾」を世に広めた記事だった。十本の稲、千五百粒の米しか残っていなかった「亀の尾」を徐々に増やしていった。
 この「亀の尾」から醸された久須美酒造の「亀の翁」は日本を代表する名酒となり、マンガ「夏子の酒」のモデルとなった。
 定年後に、脳梗塞で倒れてからも、不自由な左手を使って、ブログで発信し続けていた。
 朝日新聞の報道姿勢、杖を落して隣人に助けられた話や介護の実状など、鋭い人間観察と朝日新聞に対する愛憎半ばする自分のジャーナリスト生活を回顧した。
 昨年、12月7日のブログ「twodogs君のブログ」を紹介しておく。
 このごろのブログを見ると、「なく」という記述が多い。これは、老人もしくは脳梗塞患者の兆候だ。間もなく他界する人のしるしだ。当然ボクも近いうちに死ぬのだという事を意味する。
 83まで生きたのだから仕方ない。
 それはいいとして、もう何もすることがなくなったのに、ぐずぐずと生きているのは、迷惑なことだ。
 幸いというか、ボクにはまだ何もすることがないわけではない。ぼくの生きてきたあかしをたてることがあるのだ。だから、そのことを実現して生きるのだ。それが全く夢と分かった時は、そしてただ生きてゆくしかなくなったときには、「胃ろう」などの延命措置はしないで、さっさと死んでゆくのだ。
 宜さんは、最後の最後まで生涯現役のジャーナリストだった。まだまだ教えてもらいこともあったが、工藤さんの背中を見つめて同じ道を歩んで来た後輩として、「安らかにお眠りください」と申し上げたい。(13・5・8)
重金敦之(しげかね・あつゆき)

1939年東京生まれ。元朝日新聞社編集委員。「週刊朝日」編集部在籍時に池波正太郎、松本清張、結城昌治、渡辺淳一など多くの作家を担当した。大学教授を経て、文芸ジャーナリスト。食の分野にも造詣が深く、料理に携わる人たちからの信頼も厚い。日本文藝家協会、日本ペンクラブ、食生活ジャーナリストの会、各会員。『すし屋の常識・非常識』(朝日新書)のほか、『作家の食と酒と』『編集者の食と酒と』『愚者の説法 賢者のぼやき』(いずれも左右社)。最新刊に『食彩の文学事典』(講談社)、『ほろ酔い文学事典』(朝日新書)。